Columu 58

テレキャスター連続殺人事件


俺の名前は、不遠田レオ(ふえんだれお)。職業は、探偵。伊勢崎町に、細々と事務所をひらいている。探偵といえば聞こえはいいが、猫探し、家出人探し、浮気の調査。探偵なんて、そんなにカッコイイものじゃないし、まったく儲からない。それでも探偵を続けているのは、この街にいたい、それだけのことだ。ここにいれば、とりあえず喰うには困らない。

最近、横浜管内で連続殺人が起きている。サイレンが鳴り響き、マスコミもブンブン走り回っている。とりあえず、俺には関係の無いことだ。ところが俺のところに、警察から一本の電話が入った。普段は天敵である警察だが・・・今回ばかりは、どうも俺の出番のようだ。

横浜中央署一課の課長、暮市(くれいち)警部からの直々のご指名である。暮市とは、子供の頃からバンドを組んでいた仲間だ。俺たちのバンドの名前は「横浜ポリス」。俺以外のメンバーは、全員警察官になっている。ちなみに、中央署の署長「無州端吾(むすたんご)」も、メンバーだ。

今回起きた連続殺人事件は、ある意味、猟奇殺人といえる。殺された男たちの死体には、かならず「テレキャスター」が突き刺さっているのだ。具体的にまだ見たわけではないので、どういう状況なのか、細かいところまではわからない。でもその特異性に頭をなやました暮市警部から、応援の要請があったのだ。金にならない仕事を請けるのは不本意なのだが、旧友からの頼みは断れない。それに・・・テレキャスターが泣いているようだ。

 

「おいっ!そこから入っちゃだめだ!」

「あーー、いいんだ、いいんだ、コイツは。」

いぶかしい目で俺を見る若い警察官の視線を横目に、俺は「Keep Out」と書かれた黄色いテープの中に入っていった。

「悪いな、レオ。ちょっと手に余っちゃってさ。」

「いや、警部の頼みじゃしかたないさ。ずいぶんお目こぼししてもらってるからな。で、見られるのかい?」

「ああ。こっちに入ってくれ。鑑識さーん、もういいだろ?」

暮市警部を背に右手を上げたのは、こいつも俺たちのメンバー。鑑識主任の東海だ。寡黙なヤツだが、頼りになるヤツだ。

「もう、動かしてもいいかい?」

それはとても奇妙な死体だった。ジャンプしたように体を縮め、その丸まった腹に、テレキャスターのネック部分が、突き刺さるように置かれているのだ。凶器がテレキャスターというわけではない。しかし、まるでテレキャスターで串刺しされたように、死んでいるんだ。

「これか、例のへんなやつっていうのは。」

「ああ、そうなんだ。毎回、死因もポーズも違うが、必ずテレキャスターなんだ。」

やつらが頭を抱えるのは、無理もない。死体にテレキャスター。まるでちぐはぐな組み合わせなのだ。

「これはまだオフレコなんだが、コイツを含めて殺された3人。同じライブハウスに出入りしてたようなんだ。これはまだ、マスコミには伏せている。店に行かれても困るしな。」

「いいのかい?動かして?」

俺の言葉を察したように、東海は死体からテレキャスターを引き抜き、俺に手渡した。

「ひゅーっ!!コイツも52年かい。豪勢なこった。このギターは、コイツの持ち物なのか?」

「ああ、どうもそうらしい。3人とも、自分のテレキャスターで殺されたようだ。」

冗談とも取れな言い方で、暮市警部はため息をついた。

「で、お前のところに送った前の2本、あれも・・・同じなのか?」

暮市警部が俺に電話をよこしたすぐあと、俺のところに2本のテレキャスターが持ち込まれた。それはまさにマニアなら、200万でも300万でも出しそうな、状態のいいオールドのテレキャスターだった。鑑識で調べてはみたが、なんら変わったところがなく、何の意味なのか判らないため、俺のところに送られてきたのだ。

「これで、3本目か・・・。」

それはまさに、オールドの52年。東海が隅から隅まで調べたが、それ以上のことは何もわからなかった。

「いくらなんでも、おかしいだろ?都内の楽器屋にだって、こんなタマが3本も揃うことはめったにない。どう見ても、正真正銘の52年なんだからな。この3本目で、ざっと1千万近いんだゼ。いくらなんでも、異常だろ?」

俺は手渡されたテレキャスターを、裏表、クルクル回すように見た。東海も鑑識とはいえ、楽器に関してはシロウトではない。それなりに調べているはずだ。

ふと目線を上げると、現場にいる全員が俺を見つめていた。俺を知ってるやつは、何か手がかりがあるのかと。そして俺を知らない若い刑事達は、胡散臭いものを見るような目で俺を見ていた。

「東海!?前の2本もちゃんと調べたのか?」

「ああ、間違いない。ボディもネックも検査した。炭素14でも、40年以上前の木と出た。パーツや配線類もハンダも、みな昔のものだ。」

俺はテレキャスターを若い刑事に渡し、表に出た。野次馬の目を避けるように建物の影に隠れ、タバコに火を付けた。後からのっそり、重い足取りで暮市警部が出てきた。俺を見つけて、歩いてきた。

「同じライブハウスっていうのは、どこなんだい?」

「関内の駅からすこし歩いたところにある横浜BBCっていう店、知ってるか?」

「ああ、フラワーっぽい格好をした若いやつらが集まってる店だろ?あそこ、まだあったのか。たしか隣はPA屋だよな。」

「3人とも、そこに出演してた常連らしいんだ。最低でも月1ぐらいで。まあ客の入りは、いい時もあれば、悪い時もあるってぐらいで、そんなに人気があったわけじゃない。」

「同じバンドじゃないんだろ?」

「同じバンドじゃないけど、仲はよかったらしい。よく対バンで出てたそうだ。」

「このテレキャスターの出所はわかってるのか?」

「いや、それがハッキリしないんだ。本人達は、マニアから譲ってもらったと言ってたらしい。」

「ふん、マニアねえ・・・。」

「で、どうなんだい?なんかわかってるのか?」

「最近、ちょっと小耳にはさんだことは、あるにはあるんだ。」

「なんか、奥歯にものの挟まったような言い方だな。いったいなんなんだい?」

「いや、これが殺しじゃなきゃ、口に出したくないことなんだが・・・」

携帯灰皿にタバコを押し付けながら、俺は暮市警部に背を向けた。

「このテレキャスターは・・・ガセだ。」

 

「そんなはずは無い!」

後ろから大きな声で、東海が叫んだ。

「俺はちゃんと調べた。俺の知識だけじゃこころもとないんで、ちゃんと鑑定もしてもらった。年代測定でも、ひっかかるとこは無い。こいつは間違いなく、本物だ!」

こぶしを握り閉めて、東海は小刻みに震えていた。東海が本当に怒っている証拠だ。コイツは昔からこうだ。普段は寡黙なくせに、曲がってることは、大嫌いな性格だ。

「それは、わかってるよ、東海。お前の鑑識が間違う訳が無い。それは俺もわかっている。だけどな、東海・・・」

「俺の・・・俺の鑑定が・・・間違っているって言うのかっ?!」

東海は顔を真っ赤にして、震えている。

「いや、東海。お前が間違ってる訳じゃないんだ。このガセは、お前のように調べれば調べるほど、ホンモノのなるように作られている、精巧なガセなんだ。」

「どういうことなんだ?」

間にいた暮市警部は、二人を見比べるようにオロオロしていた。ガタイがデカイ割りに臆病なのは、昔から変わってない。犯人には強いくせに、俺たちといる時は昔のまんまだ。

「うわさには聞いてたんだが、専門家を相手にするバイヤーがいるらしいんだ。どんなに調べても、いや、調べれば調べるほどホンモノっていう鑑定が出てしまう、やっかいなブツの噂なんだ。このテレキャスターなら、卸は100から200。ところが、これがレスポールになると、丸がひとつ増えるからな。そいつらはかなり慎重で、最低限の本数しか市場に流さないらしい。いくらなんでも、10本も20本もオールドを持ってるって、おかしいだろ?特に今は、オールドがヨーロッパに流れてるらしい。日本では捌かず、ヨーロッパに流してるらしいんだ。俺も話だけで、モノは見たことが無かったんだが。」

「コイツの・・・コイツの、どこがガセだって言うんだっ!?」

相変わらず東海は、声を震わせている。

「東海、ブランドシールは、調べたか?」

「!」

東海の体が固まって、震えが止まった。他のところはすべて、外部から調べられる。その中で、唯一表面から手が届かないのが、ブランドシールだ。ブランドシールは、薄くなってるとはいえ、塗装を剥がさなければ触れることは出来ない。写真でどんなに比べても、今の技術ならまったく同一のものを作れる。ましてやコイツの価値を知ってる人間が、鑑識のためとはいえ、塗装を剥がしたりするはずがない。他の部分は、塗装であろうが木であろうが調べられるのだ。

 

「スマン・・・。お前の言うとおりだった・・・。」

「いや、東海。お前が悪いんじゃないんだ。コイツの価値を知っているお前が、塗装を剥がしてまで調べるはずがない。ヤツラは、そこまで計算してるんだ。」

「どういうことなんだ?」

警察署の会議室で、俺と東海、そして暮市警部は話をしていた。

「いや、それは俺から言わせてくれ。これは俺のミスだ。警部、すいません。私の鑑定が甘かったんです。」

「東海、それはいい。お前の性格は、誰よりも俺たちがよく知っている。それよりも、俺にわかるように説明してくれ。」

「ではまず・・・このテレキャスター。材質、寸法、塗装、パーツなど、まったく52年ものです。いやどういうからくりなのかはわかりませんが、52年と出るように作られています。科学的に調べられることは、すべて調べました。それでも見落としがあってはいけないので、ギターの専門家にも見てもらいました。ネックのデイト、これは鉛筆書きの、まあいわば作った人のサインなんですが、それも実在するものと一致しています。なにもかもが52年製であることを示していました。」

「その、ブランドシールっていうのは?」

「警部もご存知のように、フェンダーはヘッドに、ロゴをシールで貼り付けています。いわゆる水張り、転写シールと呼ばれるものなんですが、一部のオールドでは塗装の劣化とともに、このシールがなくなります。ところが塗装がキチンと残っていれば、ロゴシールを調べるためには、塗装を剥がさなければいけません。私も塗装の年代測定はしましたが、まさかその下にあるシールまでは、気がつきませんでした。これは明らかな私のミスです。レオに言われて・・・そこを調べました。シールはB−ONEという会社製。ここ2、3年の製品です。理論上、塗装の下に現在のものが、存在するわけがありません。つまり、あきらかにニセモノです。」

「そこからは俺が話そう。今、ヨーロッパでは空前のギター・ブームが起きている。そこに目をつけたヤツラがいるらしい。ただ、ヤツラの作るギターは、想像を絶するほどの精度で出来ているらしいんだ。もちろん、オールド・ギターがそんなにあるわけがない。ここからがいままでのガセとは違うところだ。ヤツラは、アメリカやカナダにある、古い家具に目を付けたらしいんだ。」

「古い家具?」

「ああ、古い家具には、古い木が使われている。木はどんなに加工しても、年代測定にはひっかからない。年代が大体あっていれば、鑑定はくぐりぬけるんだ。その上、現在の加工精度は、異常に高い。コンピューターが、どんなものでも切り出す。ネジやパーツは、ゴミのように扱われているギターから集めて使っているらしい。日本のビザール・ギターもずいぶん潰されたようだ。塗料などは、古い工場から見つけたものを、再加工しているらしい。その中で唯一足りないのが、ロゴシールだ。確かにニセモノも出回っているが、数はたかが知れてる。そこでヤツラは、塗装で隠してしまうことを考えたんだな。古めかしさはだすが、シールは塗装の下。まさかそこまで剥がして調べるヤツはいないだろうというのが、ヤツラの読みさ。ここのキレイさが、値段を左右するしね。ましてや、オールドだ。専門家に鑑定に出せば、価値のあるものだということがすぐわかる。それをさておいて、壊すやつはいないだろうからね。」

「そんなにすごいのか?」

「ああ、このカラクリを知らなければ、オールドとして未来永劫残るほどのデキだ。寸分たがわぬと言っていいだろう。今回のことがなければ、俺も見過ごすところだった。前の2本を見てなけりゃ、判らないところだった。」

「お前は、見ただけでわかるのか?」

「ああ、たまたまさ。これをちょっと見てくれ。」

俺は写真を二人に渡した。

「コレは前の2本の写真だ。まったく同じ機種だし、同じ年代なんで、まったく同じものさ。ただ、当時のものは、手作業で作っていたんだ。ボディの側面のカド、ここのアールがまったく同じな訳はない。ところがこの2つは、そこがまったく同じなんだ。」

写真を見つめている2人に続けた。

「それだって、こうして2本揃わなければ、わかるはずが無い。2本並べて、初めて気がついた。そしてボディの裏の写真を見てくれ。」

「これは撮った写真を加工したものだ。ここについているキズだけを、目でわかるようにした。ランダムにキズは付いている。そこまではよかったんだな。ただ・・・。」

「ただ・・・?」

「キズをつけた道具、多分何かの工具で、アトランダムにつけたもののようだ。しかしそのキズを全部拾って、解析したら・・・。」

二人がゴクリと唾を飲む音が聞こえた。

「キズの形状が、3種類しかないんだ。3種類のモノでつけた傷なんだ。だからすべてのキズのカタチが3種類で一致する。それが大きくても小さくても、まったく同じキズなんだ。見た目では、絶対わからないな。恐ろしく良くできてるよ。ロゴに確証がなければ、絶対とはいえないところだった。」

「ロゴはなぜわかったんだ?」

「こんなもの、買い占めたら絶対目立つ。だから、作ったんだろうと推理したんだ。少し剥がして調べたんだが、当時のものよりコンマ05ミリ薄い。現代の科学が進歩しすぎたんだね。薄くてきれいになりすぎてたんだ。薄ければ薄いほど、塗装が楽だし。キレイすぎる仕上がりが、あだになったってことさ。」

「他のギター・・・例えばレスポールなんかはわかるのか?」

「ああ、お前さんたちから依頼があったあと、ヨーロッパのバイヤーに連絡して、日本から買い付けたものを送らせたんだ。案の定、ガセだったよ。キズはテレキャスターと同じカタチ。それともうひとつ、確実な証拠も見つけたからね。」

「その、ヤツラっていうのは、どういうやつなんだ?」

「多分、どこかのメーカーにいた、トップ・ビルダーだと思う。トップ・ビルダー達かな。最低でも3人はいると思う。」

「その根拠は?」

どう考えても、フェンダーとギブソンの、両方を得意としているビルダーは少ない。とすれば最低各1人ずつ。そして、レリックを得意としてるヤツが1人。付いている傷が同じ種類なんで、多分1人のヤツがやってるはずだ。で、最低3人さ。実際には、もう少し多いと思う。」

「その、根拠は?」

「殺された3人さ。ヤツラが始末されたのは、勝手にテレキャスターを持ち出したのが原因だと思う。本来なら、持っていてはいけないものなんだ。国内でこんなに出回ったらおかしいだろ?。でもヤツラは、持ち出して、使っちまったんだ。こいつらはその秘密を知ってるといっていいだろう。もっと仲間がいるはずだ。だからこの3人には、人身御供。見せしめのために、派手に死んでもらわないといけなかったのさ。」

「じゃあ、3人で終わりか?」

「いや、それはわからん。俺もこれは噂だけで聞いていたことなんだ。これだけ精巧だと、見破れるやつは、まずいない。」

 

「警部〜〜〜〜!!!」

若い刑事がノックもせずに、部屋に飛び込んできた。

「なんだ、ノックもしないで。」

「大変です、警部!!4人目です!!」

 

埠頭の倉庫の中に、大勢の人間がうごめいていた。埃っぽい倉庫の中を、出来るだけ埃が飛ばないように、静かにうごめいていた。

「なんだあ〜〜〜・・・」

暮市警部が、すっとんきょうな声をあげた。殺人は殺人である。前の3件と同じように、テレキャスターが刺さっていた。しかし、今度は違っていたのである。

「何だよ、これ?ブラスツールの安モンギターじゃねえか!」

暮市警部がギターをぶらぶらさせながら、俺のところに持ってきた。ブランド名は、ブラスツール。ここ数年で出てきた激安ブランドである。しかも新品だ。前の52年製とは明らかに違うため、暮市警部の扱いもぞんざいだ。

「どういうことだよ?レオ!」

そのギターを受け取った俺は、そのまま固まってしまった。嫌な予感がしてたんだ。俺の予想が当たらなければいいと、心の奥底で思っていた。だから暮市警部にも、東海にも話さなかった。

「暮市警部・・・最悪の事態だ。後藤を呼んでくれないか?それと、無州署長にも来てもらったほうがいい。どこか静かなところで、俺たちだけのほうがいいんだが・・・。3本目と、この4本目も持ってきてくれ。俺は前の2本を取ってくる。場所と時間は・・・中華街の陳さんの店に6時だ。頼んだゼ。」

 

ギターを置いて、俺は堤防を海沿いに歩いた。タバコに火を付け、大きく吸い込んだ。

・・・・ やっぱり、こうなっちまったか ・・・・

携帯を取り出し、一人の男のところに短いメールをうった。

 

「みんな、揃ってるか?すまんな、急に呼び出して。」

「それは構わんよ。久々のバンドのミーティングもいいもんだ。」

場を和ませるように、明るい声で後藤が答えた。俺一人では、もう最悪のことしか考えられない。後藤が同意してくれれば、いつだって100人力だ。なんたってムード・メーカーのボーカルだ。

「で、レオ。なんか意味があるんだろ?全員揃えたってことは。」

それでも無州署長はどっしり構えていた。すっかり署長らしい貫禄がある。ドラマーはこうでなくてはいけない。ベースの暮市、キーボードの東海、ボーカルとギターの後藤、ギターの俺。久々に揃った横浜ポリスのメンバーだ。ちなみに後藤は、ハイテク対策課の課長だ。ただし、名うてのハッカーでもある。

「どうも、俺のまずい予感が当たりそうなんだ。それで後藤にも無州にも出張ってもらったんだ。俺一人じゃどうにもならないかもしれん。話は・・・例のテレキャスター連続殺人事件のことだ。暮市、ギターは?」

ケースから2本のギターを、暮市警部が取り出した。俺も合わせて、2本のギターをテーブルに置いた。

「後藤。このギター、どう思う?」

「マジかよ?!52年か。みごとなもんだな。こんな程度のいいやつが、まだあるんだ。いや、まてよ?コイツら、おかしいな?ほんとに、こいつら52年か?なんか・・・こいつら全然、オーラがねえなあ。歌が聴こえてこねーぞ。どう見たって52年だけど・・・ガセか?」

さすが後藤である。パソコンをいじらせたらペンタゴンにも侵入できる腕を持っているのに、こと音楽に関しては、すべて直感でモノを言う。またそれが、間違ってないのが怖いのだ。前にも1度オールドのギターを見せたら、3秒と見ないうちに、

「そいつはガセだよ。全然、Rockしてねえモン!」

そいつは、間違いなくガセだった。俺と違って、感覚でモノを言う。弾くギターも歌も、感性である。それに同意できるから、俺たちはバンドなのだ。

「さすがだな。それが聞きたかったんだ。こいつは、間違いなくガセだ。東海にも調べて貰った。じゃあ後藤、コイツはどうだ?」

俺は後藤の前に、ブラスツールのギターを差し出した。

「こりゃまた、たまげた。コイツ、52年とまったくおんなじジャン。」

「えっ?どういうことだ?」

暮市が身を乗り出した。

「この激安ギターが52年と同じって、どういうことだよ?」

「なんだよ、暮市。わかんねえの?。このフェンダーの52年の3本と、こっちのブラスツールのギター。見た目は違うけど、まったく同じギターだぜ。」

「どういうことだ、レオ。わかるように説明してくれないか?」

無州は椅子に深々と座り、タバコに火をつけた。

「なんだよ、無州。タバコやめたんじゃないのか?」

「いいんだよ、バンドのミーティングの時は。それより、ちゃんと説明してくれ!」

「じゃあまず、俺の聞いた噂話からだ。今、ヨーロッパは空前のギター・ブームで、オールドを含むギターの値段が、世界的に高騰してるんだ。それで世界各地から、バイヤーが日本に入り込み、ギターを買いあさってたんだ。それもひどい買い方で、札びらきって、買いまくってるんだそうだ。」

「それは、僕も噂に聞きました。」

東海の言い方が「僕」になるのは、スタジオでの恒例である。一番年下なんでしょうがないのだが、いつまでたっても「僕」なのだ。

「うむ。もうアメリカにはタマがなくて、日本が最高の市場らしいんだ。まして、ギターを大事に扱う人種だしね。当然、値段が荒れてくるわけだ。そんななかで、妙な噂を聞いたんだ。」

「妙なウワサ?」

もう暮市は、しびれを切らしている。人の言葉をオウム返しに言うのは、暮市のクセである。

「うむ。コレクターから買い付けるという触れ込みで、バイヤーの仲買をするヤツがいるっていうのさ。ところがコイツが、極上のタマを持ってくるんだ。1千万以上のレスポールなどを持っているんだ。」

「ひゅーっ、そいつはすげー。」

ビールを煽って、後藤がまぜっかえした。

「どう考えても、俺のアンテナに引っかかってない1千万クラスのギターなど、そうそうあるわけが無い。コレクターとはいっても、1千万クラスなら俺が知ってるはずだ。しかし・・・タマは途切れず出てくるんだ。違うバイヤーに1〜2本ずつ売ってるらしいんだ。どう考えても、おかしいだろ?5人10人のバイヤーに、売ってるんだ。いくら日本でも、そんなにタマ数があるわけがない。俺は最初、話に尾ひれが付いた、ただの噂話だと思ってたんだ。ところが知り合いのヨーロッパの友人のバイヤーに聞いたら、実際に見たっていうんだよ。それも、間違いなくホンモノだって言うんだ。で、無理を言って、そいつがこっちに来る時に、ギターを持ってこさせたんだ。」

「持ってこさせたら・・・」

暮市が、また繰り返した。

「ガセだったんだ。」

「マジかよ?レオの友達の目を潜り抜けるなんて?そんなにスゲーのか?」

「ああ、まるっきりホンモノだ。3本ともまるっきりホンモノなんだが・・・ガセだった。」

「Cool!!」

後藤がビールで乾杯のポーズをとった。

「みんなも知ってのとおり、そこまで行けば美術品とおんなじだ。ガセがあって当然だし、だまされるほうがバカなんだ、っても言える。騙されてんのに、バイヤーなんかやってんじゃねーよ、ってね。ただ俺の情報では、とんでもない数があるらしいんだ。普通はありえるハズがないんだが、バイヤー達はみんな、自分のがホンモノだと思い込んでいるらしい。そしてそのルートを辿ると・・・」

「日本か・・・」

無州は、天井に向けて煙を吐き出した。

「今のところ、どのぐらいなんだ?」

「俺が把握してるだけで、実売で5億ってとこかな。」

ヒューと後藤が口笛を鳴らした。

「まあ、卸値は1億ってとこだとだと思う。ダンピングはするらしいから。それにしてもこのままじゃ、いつか市場が崩れる。おかしいって気付く人がいるからね。でも、ホンモノなんだ。」

「でも、ホンモノじゃないってか?でも、それはそれでいいんじゃねえーの。バカが金出して、損するだけだから。金持ち同士の化かし合いだろ?おっと・・・。でもレオの言いたいとこは、そこじゃない・・・てかー?」

さすが、後藤。俺の言いたいこと、ズバリのようだ。

「レオ、ちゃんと説明してやれよ。リズム隊はクエッション・マークが飛び交ってるぞ。これじゃ、いい曲はできねえーなー。」

「うむ。そこで4本目のギターだ。さっき後藤が言ったように・・・こいつは最初の3本、オールドの52年を新品にしてあるんだ。いや、新品の52年をわざわざ作って、しかもブラスツールの名前にしてある。」

「いや、それはわかるんだが、それの何が問題なんだ?」

無州も痺れを切らしている。

「なんだよ、無州ちゃんもわかんねーの?1本1千万円のギター、輸出関税はいくらよ?」

「はっきりはわからんが、かなり掛かるだろうな。」

「輸出だけじゃなく、向こうの国でも関税はかかるだろ?じゃあさ、このブラスツールのギターはいくらよ?定価は2万円だけど、卸値は5千円以下だろ?1000本買っても500万だゼ。でさ、このブラスツールの激安ギターと、そっちの3本。キレイなだけで、まったく同じモンだぜ?俺だったら、ヒョイヒョイって名前張り替えて、ゴシゴシ削って汚して、ハイ、レリックでござーい。だれが52年と判別できんの?」

「あっ!」

無州が椅子から体を乗り出した。

「そのカラクリなら、僕でも疑いませんねえ。1本高いの買って、1000本の新品なら、バイヤーとしておかしくないですよねえ。それがちょっと手を加えれば1本100万、200万になるとしたら・・・。まさか1本5千円で仕入れた激安ギターにそんな価値があるなんて、誰も思いませんよねえ?」

「だから無州を呼んだんだ。これを運ぶとなると、船だろ。正規に手入れもできないわけじゃないが、向こうの国籍の船だったりすると、やっかいなことになるんだ。海上保安庁の手も借りなきゃいけないかもしれないし。そこは無州にがんばってもらうしかないんだ。」

「外国船籍だと、俺たちは手をだせないのかあ・・・」

暮市は、がっかりしたようだった。

「いや、それは船に着けた場合だけだ。善意の第3者になられても困る。それには、暮市にしっかり証拠を押さえて欲しいんだ。それさえあれば、出航を止められる可能性がある。暮市と東海には、まだ走り回ってもらわないと、うまくいかないんだ。」

「具体的にはどうすればいいんだ?」

「無州は海上保安庁の手配と、大使館に根回ししてもらう。これは俺たちが逆立ちしてもで、出来ないこと。暮市と東海には、物証を押さえて、100%鑑定してもらわなきゃいけないんだ。」

「僕は、何を、どこを、鑑定するんですか?」

東海の目はらんらんとしてきている。いや、みんなの目もだ。まるで、ステージに出る直前のようだ。

「いや、その前に・・・、なあ、後藤。この52年見て、なんか思い出さないか?」

「俺もさっきから、それを考えていたのさ。スゲーよくできてるんだけど、どっかで見たような気がしてさあ。なんか、こう、ひっかかってんだよね。」

「俺も最初にコイツを見た時、なんかどっかで見たような記憶があるんだ。なあ、後藤。このギターってさあ、あの時の・・・・」

 

 

「ごめんください!」

「どなたですか?」

「夜分、おそれいります。不遠田です。」

「ああー、レオさん。待ってましたよ。今、開けますから」

ガラガラと戸をあけてレオを迎え入れたのは、40ぐらいでまだ若い、しかし白髪頭になってる男だった。

「すいません、山葉さん。どうーしても、山葉さんにお願いしたいことができまして・・・」

「まあ、むさくるしいところですが、中にどうぞ。レオさんの話ならゆっくりきかないと。」

満面の笑みを浮かべて、山葉さんは俺を家に向かえ入れた。

「コーヒーでいいですよね?で、今日はどうしたんです?急にメールなんかよこして。」

コーヒーを入れながら、山葉は話しかけてきた。

「いやー、申し訳ないとは思ったんですが、山葉さんにしか頼めないギターに出会っちゃったんですよ。めちゃめちゃいい音がするヤツなんですけど、いかんせんオールドでしょう。俺もこういったオールドに手を入れるシュミはないんですが、なんといってもいい音なんですよ。どうしても使いたいんです。そう考えると、山葉さんにしか頼めないんですよ。レリックになってるダメージを、山葉さん手で、できるだけ復元してもらえませんかね?」

「おやおや。レオさんがそんなに惚れるギターが、まだあったんですか?」

コーヒーを差し出しながら、山葉さんは俺のむかいがわに座った。

「そうなんですよ。もういい加減の歳だから、止めようとは思っているんですが。なんとかお願いできませんかね?あまりにもデキがいいんで、元の姿に復元してやって欲しいんです。これ、頼めるの山葉さんしかいないんですよ。レリックにしてくれっていうのは誰でもできるんですけど、それを復元できるのは、山葉さんだけですから。ひとつ、なんとか、お願いできませんかね?」

「おやおや、そこまで言ってくださるんなら、見ないわけにはいきませんね。モノを見せて貰えますか?」

俺はボロボロのツイード・ケースをテーブルの上に置いた。

「年季の入ったケースですねえー。こりゃ、期待できるかな?どれどれ・・・」

テーブルの向こう側で、パチンと音を立てて、山葉はケースを開けた。右手でスーッとケースと開けた山葉の手が止まった。それは10秒あっただろうか、10分たっただろうか。俺と山葉さんの間の、時間も空気も止まってしまった。

 

「レオさん・・・・・・やっぱり・・・・・気付いてらしたんですね・・・・・・・・・」

俺は何も言えなかった。

「いくらなんでも、コイツを残すのはマズイとは思ったんです。ただ、どうしてもヤツラには知らせたかったんで、残すしかなかったんです。しばらくして・・・横浜にはレオさんがいるのを思い出して・・・なんとかレオさんの目に触れないように祈っていたんですが・・・。他の人の目は騙せても、レオさんの目だけは、騙せなかったようですね・・・」

「なんで・・・」

俺はその言葉を発するのが、精一杯だった。

「もうこれがレオさんの手にあるってことは、すべてはわかってるっていうことですよね。もう、終わりなんですね。ここまで・・・ってことですね。」

山葉さんは、静かにケースを閉じた。

「何もかも、終わったってことですよね。レオさん、私の話を聞いてくれますか?」

「ハイ・・・」

またもや、俺はそれを口にするので精一杯だった。

「ご存知のように、私は10代でアメリカに渡り、ギター製作の世界に飛び込みました。運よく雇ってもらえた私は、20代のうちにマスター・ビルダーの称号が貰えました。それからは、順風万帆だったんです。この青二才のマスター・ビルダーに、若いアーティスト達がチャンスをくれました。彼らは私の作るギターを持って、世界中に音楽を振りまきました。当然私の名声もあがり、やがて私の作るギターは、どんどん値段が上がってきました。1本作れば50万、60万となり、やがては1本100万円の値段も付くようになったんです。不思議なもんですよね。あれだけ楽しかったはずのギター作りが、ある日突然、楽しくなくなったんです。気が付けば、毎日毎日、私がギターに触っているだけで、50万100万で売れていくんです。それは、いつのまにか流れ作業でした。若いビルダー達がやっているものに私が触れるだけで、私のギターとして売れていくんです。ショックでした。いつのまにか、私が作りたいとおもっていたギターが、1本も無いんです。でも会社のギターは、私の名前で売れていきます。突然、なにもかもが嫌になり、私は日本に戻りました。」

視線を上げずに喋り続ける山葉さんを、俺はじっと見つめていた。

「日本に戻った私はここに工房は作ったものの、依頼はすべて断ってました。あの時、レオさんたちにオールドのニセモノを作ったのは、ほんとに久しぶりでした。あの時、ギターをほんとに楽しそうに弾いているレオさん達を見て、精魂こめて、ちゃめっけであのニセモノを作ったんです。あれを見破られた時には、びっくりしました。あれからなんです、またギターを作り始めたのは。」

山葉さんは、顔を上げて笑った。

「レオさんに見破られたおかげで、またビルダー魂が揺り起こされました。今度こそ、本当に自分のギターを作ろうと。あれ依頼、作っては壊し、作っては壊し。ある時、ひょんなことから、絶妙な1本が出来上がったんです。その1本は、自分で作っておいてなんですが、私は何日も何日もそれを弾いていました。その頃ちょうど、近所の子供が遊びにくるようになってたんです。私のギターの音を聴いたんでしょうね。私が弾いていると、ずっと飽きずに聴いていました。私はその子に、弾いてみるかい?っていいました。その子はよっぽど好きだったんでしょね。最初は1本ずつ弾いてるだけでしたが、私が弾いてるのを見て、すぐ覚えました。ある日その子が、おじさん、このギターいくらなの?って聞くんで、私はとっさに、9千8百円だよって言いました。いえ、その子にだったらそのギターをあげてもよかったんです。そしたらその子は、お年玉貰ったら僕が買うから、それまで売らないで待っててくれる?っていったんです。だから私は、お金は後でもいいから、持っていっていいよ、っていいました。でもその子は、ちゃんとお金を払わないと、おとうさんに怒られるからっていって、持っていきませんでした。それでも、来る日も来る日も、ここに来てギターを弾いていました。」

山葉さんは、コーヒーカップを両手でひざの上に置き、中をじっと見つめていた。

「暮もおしせまった頃、その子が2〜3日、こない時があったんです。私は気になって、街に出て行きました。そしたら・・・その子が、交通事故で・・・亡くなっていたんです。私はすぐギターを持って、その子の家に行きました。訳を話すと、おとうさんは私のことをご存知でした。息子が買いたいっていってたギターは、あなたのだったんですねと。私はその子のお墓に、そのギターを入れてあげて欲しいとお願いしました。でも、それは断られました。いや、断られたんじゃなくて、息子は間違いなくあなたのギターを手の中に抱えて、天国に行きました。あなたのギターに出会えて、息子はほんとに幸せだったと思います。それを灰にしないで、また誰かに弾いて貰って下さい。そのギターの音が聴こえれば、息子はそれだけで幸せだと思います。そう言われました。また、息子のようにギターを弾きたがる子に、与えて欲しいと・・・。」

山葉さんの目から、涙がこぼれ落ちた。

「それから私は、泣きました。何日、泣いていたかわかりません。あの時、無理やりにでも、そのギターを持たせてやればよかったと。ギターを渡してれば、ひょっとしてあの子は死なずにすんだんじゃないか、と自分を責めました。そのギターを壁に飾って、ずっとずっと泣いていました。そんなある日、ヨーロッパから来ているというバイヤーが尋ねてきました。私は会うつもりはなかったんですが、私の工房に入ってきました。そして壁に飾ってあるギターを見て、コレを譲ってくれと。当然、私は断りました。何度来ても、断りました。そんなある日、私が工房を空けている隙に、そのバイヤーはギターを持っていったんです。そこには、1千万円ほど、金が置いてありました。すぐ捜しにいったんですが、見つかりませんでした。知り合いのバイヤーに声を掛けてみたんですが、どこのバイヤーだかは、わかりませんでした。」

山葉さんは、ぎゅーとカップを握りしめた。

「その時、私の中にカッと燃え上がるものが出てきたんです。なにがマスター・ビルダーだ。なにが、オールドだ。子供一人幸せに出来ないギターなんかに、意味は無い。子供が触れない何十万、何百万のギターになんの意味があるんだ、ってね。私は夢を育てるギターを作ってるつもりで、ただのマネー・ゲームのコマになってるんじゃないかって、そう思いました。私は私の持てる資産で、全国のビルダーに声を掛けました。工場が倒産してしまった人、会社をクビになった人。日本でも指折りのビルダー達が職を失っていたんです。私は彼らにすべてを話しました。大人がマネー・ゲームにしているこのギター業界を、ぶち壊してやると。俺たちの、私達の夢を壊し、子供たちと笑いながらギターを作って、弾いて、歌う夢をこわしたギター業界を、ぶち壊してやると・・・。」

意を決したように、山葉さんはコーヒーを煽った。

「私を含め、集まった約10人のビルダーは、持てる力を振り絞って、ギターを作りました。それが・・・この・・・オールドです。テレキャスター、ストラトキャスター、レスポール・・・。我々の作るギターは、ものすごい完成度でした。お互いにお互いのギターを見ても、見破れないほどの完成度です。手始めに我々は、この作ったオールドを、ヨーロッパにぶちまけるつもりでした。約500本のオールドと、あの激安ギターを装ったギター1000本を、ヨーロッパ各地にばら撒き、そこからアメリカ・日本に逆輸入し、ギター業界を混乱の中におとしめ、すべての価格を破壊するつもりでした。でも・・・あまりに手を広げすぎたんですね。裏切りものが出てしまったんです。いや、あいつらはただの仲介役で、運送役だけだったんです。ただ、どこでどう間違えたのか、私達のギターの価値を知ってしまったんですね。」

「それで4人を・・・」

「ええ、正確には5人です。先程、レオさんがここにいらっしゃる前に、仲間から連絡がありました。5人目を消す前に、警察に保護されたようです。皮肉なもんですね、我々の夢も、子供の夢もぶち壊したヤツを、警察が守ってくれるなんて。でも・・・仕方ないですね。天罰なんでしょう。なにもかもが、歯車が狂ってしまったんですね。」

山葉さんは、肩をおとしてだまりこくった。俺はなんとか、口を開いた。

「なんで・・・」

それしか言えなかった。

「なんで他の方法にしなかったか、っていうんでしょう?それは、私にもわかりません。きっと仲間たちも、答えられないと思います。ただ・・・」

「ただ・・・?」

「ただ、私が作ったというだけで、何百万もするギターが出来上がってしまうんです。それは私の意に反してです。私は、子供たちが喜んでくれるギターを作りたかった。みんなが喜んでくれるギターを作るためにアメリカに渡ったんです。あの頃は、そればっかり考えてました。でも、自分でもいつの間にか忘れていたんですね。マスター・ビルダーなんて祭り上げられて、いい気になってたんですね。あの子が私のギターを弾いてくれるのが、ほんとに嬉しかった。あんなに楽しそうにギターを弾いてくれる子は、レオさん、あなた以来だった。あなたにあのニセモノを見破られた時に気付くべきだった。あの時に何もかも捨てて、子供が買えるギターを作ればよかった。私が作った100万のギターも、1千万のギターも、子供のためにになんの役にもたたなかった。私は誰にでも弾いて貰えるギターが作りたかった。私は・・・私は・・・」

山葉さんはうつむいて泣いていた、ひざに上にポロポロ涙がこぼれていた。

「山葉さん、あなたの言ってることは、俺もわかる。マネー・ゲームのように、ギターを転がしてるヤツを見ると、虫唾が走る。それは俺も同じだ。誰も触れない何千万円もするようなギターに何の価値があるのか、そのあなたの思いも痛いほど良くわかる。アメリカの片田舎で、おじさんやおばさんが笑いながら作ったギターに、なんで何千万円も値段がつくのか。でも・・・あなたたちが作ったこのギター、俺にはおんなじ価値があると思いますよ。」

俺は静かにケースを開けた。

「あなたたちは、憎悪でこのギターを作ったかもしれない。なにもかもぶち壊すために、このギターを作ったかもしれない。でも俺には・・・このギターを一所懸命作ったビルダーさんの、笑顔が見えますよ?みんな、必死なって作ってませんでしたか?まるで、最初の頃に・・・ギターを作り始めた頃のように、一心不乱に作ってませんでしたか?最高の1本を作ろうとしていませんでしたか?動機はなんにしろ、このギターを作ってる時は、何もかも忘れて作ってませんでしたか?俺にはこのギターの魂が見えます。いや、誰かに魂を入れて欲しいと、ギターが呼んでいます。もう、すべてを許してあげてください。俺たちには、俺たちなりのやり方があったはずです。たまたま、どこかでボタンを掛け違えただけです。俺たちが何をどうしようと、子供たちはギターを手にします。俺たちがギターに夢を見たように、子供たちもやっぱり、夢を見ます。このギターは、素晴らしいギターです。それが・・・もう・・・見えないんですか?」

山葉さんは、泣いていた。俺も、泣いていた。いつの間にか、みんなが俺の後ろに立っていた。無州が俺の肩の手を置いて言った。

「すべて、押さえたよ。1本もキズつけずにな。山葉さんたちの・・・夢だったハズだし・・・」

「山葉さん、行きましょうか・・・」

暮市が山葉さんを、抱きかかえるように立ち上がった。

「レオさん、ひとつだけ教えて下さい。なんであのレスポールがガセだって判ったんですか?」

山葉さんは立ったまま、俺を見つめていた。

「ああ、あれですか・・・。友人が持ってきたギター。100%ガセだって自信があったから、全部ばらしたんです。そしたら、そのうちの1本のブリッジの穴から、削りカスが出てきたんです。」

「削りカス?」

「ええ、それはもう1粒2粒の世界です。でも・・・50年以上経ってるオールドから削りカスって、おかしいですよね。それで、そこの穴に指を突っ込んだんです。そしたら、穴の中がへこんでました。」

「穴がへこんでる?」

「ええ、実は俺のLPをギブソンに持っていった時に聞いたんです。あの頃、工場がとっても貧乏で、機械が壊れても自分たちで直すしかなかったんだそうです。そんな中で、旋盤、あのブリッジの穴を開けるドリルの歯が折れて・・・ほんとだったらポンチにあわせて開けられるように、先が尖ってますよね?」

「ええ、そうです。」

「ところが、ドリルの歯が折れちゃって、ギターが売れるまで、交換できなかったそうなんです。その時折れたドリルが、たまたま外周が出っ張って、中が凹んだカタチになっちゃったんだそうです。でもおばちゃんたちは、それでも起用に穴を穿ったんだそうです。だから・・・あの時あの工場で作られたギターは、穴の底が出っ張っていて、その次のラインからは、ちゃんとした歯を使って凹んでいるんだそうです。ホラ、お前も指を入れてみろ!って。そしたら出っ張っていたんですね。お前のはホンモノだ。ガッハッハッハ・・・って、笑ってました。それを思い出したんです。」

「そうですか。そんな秘密があったんですか。でも・・・楽しそうですね・・・」

「ええ、あの時も今も・・・工場は笑い声でいっぱいでした。」

山葉さんは深々と頭をさげ、通り過ぎていった。

 

俺はその場から動けなかった。みんなが立ち去る音が聞こえても、俺は動かなかった。しばらくして、後ろから駆け寄る足音が聞こえた。

「押収した証拠品の処分は、すべてレオさんに任せると、署長が言ってましたよ。」

クスっと笑いながら、東海が立ち去っていった。あのギター達には、ちゃんとブランド名を入れて、子供たちにあげよう。あのギター達は、子供たちの笑顔が良く似合うに違いない。なんていっても、日本が誇るトップ・ビルダー達の魂がこもったギターなのだ。

 

なんとはなしに、工房のほうを見た。それでも・・・作りかけのギターが、作業台の上に乗っていた。俺はゆっくり立ち上がり、作業台のほうに歩いた。その作りかけのギター、いや、もう最終調整に入っている状態だった。それは見事なできばえのギターだった。多分この日が来るのを知っていて、山葉さんが最後に作ったギターなのだろう。ネックを握り、俺はそのギターを持ち上げた。しっとりしたメイプルネックの感触が、手のひらに吸い付くようだ。重すぎず軽すぎず、まるで俺のために作くられたようなギターだ。しげしげと眺めた俺は、クルッとギターを回した。そのギターのバックには、それはそれは見事なインレイで「YOKOHAMA POLICE」の文字が躍っていた。

 

 

 

この物語はフィクションです。実際の事象・人物・団体名・事件・地名・建築物その他の固有名詞や現象などとは一切関係がございません。何かに似ていたとしても、それはたまたま偶然です。他人のそら似、自分のつくだ煮です。
テレキャスター・ストラトキャスターは、フェンダー社の米国並びに他の国における商標または登録商標です。
レスポールは、ギブソン社の米国並びに他の国における商標または登録商標です。

この物語の中で両社にかかる事象は、すべてフィクションです。

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