Columu 60              colume60回・閲覧数6000人突破記念(笑)連続ギター小説

レスポール不連続殺人事件


「こりゃあ、どっかで間違ったかな?」

生い茂る山の斜面から、木々の間を通して見える太陽を見上げた。

「おっかしいなあー、道が見つからん。」

氏江久太(うじえきゅうた)は、GPSの画面と地図を見比べ、しきりに山の斜面を気にしていた。南アルプスのずっと奥。地図の等高線が激しくカーブを描いているその中に、「礒蕉村(ぎしょうむら)」と小さく記されているのを見つけ、持ち前の好奇心で登ってきたのだ。こんな山奥の中に、ほんとうに村があるのか?。単純な疑問だった。地図でみれば、ここからそんなに離れているようには見えない。しかし山登りに詳しい氏江から見ると、最低でも今いるところから峠を1つ越えなければ辿り着けない、相当辺鄙なところである。持ち前の好奇心があるから、フリー・ライターになったのである。自らが見つけた疑問は見逃せない。

「この村に入る道は、どこにあるんだ?」

だいぶ等高線に沿って歩いた。村に入る道があるだろうと思われる位置は、歩ききったのである。

「しゃあねえなー。直線に向かって、出たとこ勝負か。」

GPSを見ながら地図上にある「礒蕉村」に向かって、氏江は方向を変えた。

案の定、直線は険しい道だった。昨日は力尽きて、岩陰にビバーグした。夜の山は、思ったよりも暖かかった。もう乗りかかった船である。ここまで来て引き返すのも癪だ。なおも「礒蕉村」に向かって進み続けた。
太陽が真上に上がるころ、急に目の前がひらけた。等高線の幅からは考えられない「平地」があるのである。そこはあきらかに人為的−人の手が入った作りだ。田んぼがあって、畑がある。人が確実に存在しているのだ。

「こんな山奥に、いったいどんな人が・・・」

そう思って佇んでいた氏江の背後から声が聞こえた。

「あんた、誰だ?」

ふり向くとそこには男が1人立っていた。体格ががっしりした、顔中髭面の男である。

「あんた、そこでなにしてる!」

男の口ぶりは、まるで不審者を問い詰めているような言い方だった。氏江は自分が抱いた疑問を男に説明し、ここを尋ねた理由を話した。男は険しい表情のまま、氏江の話を聞いていた。自分がフリーのライターであり、素朴な疑問でここに辿り着いたことを話した。男は、しばし考えてから、口を開いた。

「まあ、いい。そういう理由ならしかたないだろう。今ここから追い出しても、夜の山に放り出すようなもんだ。今夜だけは、村に泊めてやる。ただここのことは記事にせんと約束してくれ。ここは山奥でなにもない、人の出入りもなにもない静かな村なんだ。できるだけ、人には知られたくない。それだけは約束してくれ。」

氏江は不思議に思ったが、人が住んでいれば、ただの普通の村である。書くようなことは何もない。氏江が同意すると、男は村の方に歩き出した。

村は約25世帯、約100人の村であり、材木を切り出す事と少しの木工製品を作ることで成り立っている。男は、そう説明した。そういえばいたる所に切り出した木があり、製材するような音が聞こえた。そのほかのことは自給自足しており、電気は来ているが、ガスや水道はないそうだ。ここから一番近い人里が、ダムの発電所であることは容易に想像できる。ガスや水道がなくても、自然の恵みはいくらでもある。男は氏江を二階の部屋に通した。男はこういうところなので、あまり出歩かないで欲しいと告げた。氏江は部屋に落ち着くと、急に疲れが出てきて、睡魔に襲われた。氏江が目を覚ましたのは、階下からギターの音が聞こえたからだろう。

音に誘われて階段を下りると、何もない作業場で男がギターを弾いていた。とても美しい音である。氏江は自分がギターを弾くこともあり、男が弾いているギターがギブソンのレスポールであることはわかった。

「きれいな音ですね。」

そう話しかけた氏江を、男はゆっくり見上げた。

「あんたかい。よく寝てたな。あんた、ギターがわかるのかい?」

「ええ少し。自分でも弾きます。」

「そうか。あんた、腹が減ったろう。今、食事を用意させる。ここで待っててくれ。」

男はギターを置くと、作業場の奥へと入っていった。女性の話し声が聴こえる。奥さんだろうか?。そんなことを考えながら、氏江は置かれたレスポールを見ていた。

「しっかしキレイなレスポールだなあ、新品かあ〜。」

自分でつぶやきながら、そう考えた自分を笑った。こんな山奥いて、新品のレスポールを買いに出るなんて、よっぽど好きなんだろうな。そう思いながら、しけしげと見ていた。
オレンジ・ドロップがさらに退色し、ゴールドのような美しい輝きだ。目の細かい、美しいキルトが入っている。あまりギターに詳しくない氏江でも、その美しさはわかった。今までに見たことのない、美しいものだった。

「こっちでメシを喰ってくれ。それから・・・驚くといけないんで言っとくが、ウチの女房は、アメリカ人なんだ。日本語はほとんどしゃべれん。」

そういって食卓に案内されると、そこには金髪の女性がいた。彼女ははずかしそうにし、食事を置いて奥に消えた。

「キレイなギターですね。カスタム・ショップですか?」

「うん?ああ・・まあ、そんなとこだ。それより、明日は朝が早いぞ。山を降りるには、時間がかかるからな。道は、明日教える。今日はメシを喰ったら、早く休んでくれ。」

そう言うと、男はまた作業場のほうに戻り、またギターを弾き始めた。レスポールの音の太さがあるのに、ストラトのようなきらびやかな繊細さがある。男の腕前も、相当なもののようだ。そのぐらいは氏江でもわかる。食事をおえた氏江は、2階に上がるとまた睡魔の襲われ、朝まで眠った。

次の日の早朝。氏江は疲れもとれ、すっきり目覚めた。男にせかされるように家を出ると、村のはずれまで案内された。男の名前は久礼間(くれま)といった。奥さんはローラ。久礼間はいくつかのGPSのチェックポイントと、地図の方向を氏江に告げた。このコースをはずれると、夜までには里に降りられない。久礼間の口ぶりは、まるで命令だった。氏江は礼を告げ、名刺を渡した。2人を背に、山の中に向かった。いつまでも2人は、氏江を見ている。それは見送るというより、氏江を見張っているようだった。小さくなった2人の影。朝焼けの日差しの中に、ローラの金髪が美しく映えた。本格的に歩き出そうとした氏江の目が、ある木に釘付けになった。

「これは・・・」

後ろの2人の見つからぬよう、氏江はそっとその木の小枝を折り、服の中に隠した。

 

 

昼の六本木は、ゴミゴミしているだけで、魅力的な街ではない。それでも、昼には昼に働く人の姿がある。夜よりも、車のスピードが速い。夜の絢爛さとは、正反対である。
男は通り沿いの2階の喫茶店から、下を見つめていた。ここは第一太田ビル。通称オービル・ワンと呼ばれている。いくつものオービルが六本木にはそびえたっている。男はコーヒーをすすりながら、通りの人ごみの中に待ち人の姿を見つけた。

「すまん、すまん。待ったか?」

「おおー不遠田。こっちこそ、こんなところに呼んですまんな。」

氏江と不遠田は、向かい合って座った。

「さっそくなんだが、この前の木。あれについて説明してくれ。いきなり送りつけてきて、調べてくれもないもんだ。お前じゃなかったら、断ってるところだ。」

「わりーな。ただちょっと動き回ってて、時間が惜しかったんだ。で、どうだったんだ?」

「人に聞くより、まず説明だろ、せ・つ・め・い!。ちゃんと話してくれ。」

「おおー、そうか。ウン。実はな・・・」

氏江は自分が起こした不思議な出来事を、不遠田に話した。礒蕉村のこと、久礼間のこと、ローラのこと、レスポールのこと。

「で、どうだったんだよ!?」

「お前はあれを、そこから持ってきたんだって?ばか言うな。あれは紛れもなくホンジュラス・マホガニー、熱帯地方に生えてる木だ。いくらなんでも、そんじょそこらに生えてるわけはない。」

「だろー?だから俺は持ってきたんだ。前にお前んとこで、小さい植木になってるやつ、見たろ?あれのデカイやつなんだ。俺も目を疑ったよ。でな、すぐお前のトコに送って、それから自分でも色々調べてみたんだ。」

「なにを?」

「だから、マホガニーをさ。でな、いろいろ見てるうちに気が付いたんだ。」

「だから、なにを?」

「そのマホガニーの木のあった周辺の森。あれ、ローズとかメイプルとかがあったんだぜ。」
「ばか言うなよ。みんな、生息地が違うもんだ。1箇所に生えるようなモンじゃあない。まして日本の高地に生えるような木じゃないんだ。勘違いだよ。」

「いや、絶対そうだって。おかしいんだよあの村。第一、俺は山のことはシロウトじゃない。歩いてると樹木の変化で、なんとなく周りがわかるもんなんだ。それがあの村の周辺じゃ全然通用しないんだ。そしてな・・・」

氏江は続けた。

「その礒蕉村の産業観光振興課っていうのが、ここにあるんだ。」

「このオービル・ワンにか?」

「そうだ。おかしいだろ、そんな村だゼ。何を振興してんのか調べてるんだけど、何も出てこん。それどころか、何のための振興課すら、わからんのだ。」

「お前もヒマだなあー。」

「ヒマなんじゃない。好奇心だ。なんか、こう、ライター魂がおかしい、おかしいって、急き立てるんだよ。だってあんなとこに、マホガニーだぞ?。本物だったら、一大スクープだろ。」

「まあ、そうだけど。」

「だろー?でさ、ついでと言っちゃなんだが、お前にも調べて貰おうと思ってな。」

「金になんのかよー?」

「わからん!、それは、わからん!。わからんが・・・ひとつ、コレだけは教えとく。ここのオービル・ワン。オーナーが誰だかしってるか?」

「ああ、テレビに良く出てくる太田なんちゃら社長だろ?うさんくさい顔した。」

「それは、社長。実は本当のオーナー、ここで言う会長なんだが、久礼間というらしい。」

「ほう。」

「で、ここの喫茶店、火の鳥っていうのは・・・」

「ファイヤー・バードか!?」

「正解!!」

・・・レスポールにファイヤー・バード、そしてエキスプローラ姫か・・・

そんな話をした2週間後、不遠田のもとに氏江の訃報が届いた。

 

 

「奥さん・・・」

「あっ、不遠田さん・・・」

「この度は、誠にどうも・・・」

不遠田の顔を見るなり、彼女の目に涙が溢れた。

 

「どういうことなんだ?」

江尾本(えびもと)は俺に尋ねた。俺と氏江と江尾本は、大学のサークル仲間だった。江尾本は大学の教授で、専攻は植物。最終的に、マホガニーの鑑定をしてくれたのも江尾本だ。

「主人は・・・主人は・・・事故なんかじゃありません。殺されたんです。」

「どういうことですか、奥さん。ゆっくり話してください。」

取り乱す彼女を、江尾本は落ち着いてなだめた。

「主人があのルートで登るはずがないんです。前に一度、一緒にあのへんに登った時、あのルートは簡単そうに見えるけど、滑落の危険性が高いんだって。だから、絶対通っちゃいけないんだって。その主人が、あそこで死ぬわけがないんです。」

彼女の目は真剣だった。江尾本は大きく頷いた。

「なにかが・・・、なにかがあったんです。そうじゃなきゃ、あんなところで・・・」

彼女は泣き崩れた。そうは言っても、警察や山のプロ達が事故−滑落による死亡と判断したのである。俺のようなシロウトの出る幕じゃない。

「奥さん、氏江は何を調べていたかわかりますか?」

「いえ、主人は家では、仕事の話は一切しません。ただ・・・」

「ただ?」

「この1週間、変なんです。部屋のものが動かされたような・・・。」

「泥棒が入ったと?」

「よく、わからないんです。主人の部屋はいつも散らかっていますし、動かすと怒られるもんですから。でもなんとなく、そんな気がするんです。」

「奥さん、氏江の書斎を見せていただけますか?」

案内された俺と江尾本を迎えたのは、まさに雑然とした部屋だった。資料やメモが、あっちこっちに散らばっている。これでは、泥棒が入ってもわからないだろう。こちらも調べようがない。江尾本も部屋の中で、キョロキョロしていた。

「奥さん、このパソコン、見てもいいですか?」

そういって俺はパソコンのスイッチを入れたが・・・起動しない。

-No System-

画面にはそう表示された。

「奥さん、このパソコン、使ってなかったんですか?」

「そんなはずありません。出かける前には、これで原稿を書いてました。」

しかし、中には何も入っていない。江尾本も覗き込んだ。

・・・消された?何を?誰が?・・・

「奥さん、このパソコンあずかってもよろしいですか?」

俺はそのあずかったパソコンを、後藤のところに持ち込んだ。

 

 

「レオ、ピンポンだよ。こいつはー誰かが消したんだな。」

後藤は得意そうな顔で、タバコの煙を吐き出した。横浜中央警察署ハイテク対策課、課長の後藤の部屋だけは、禁煙ではない。

「しっかしなあ〜、これじゃ消えんのだよ。最近のスパイ君は、ツメが甘いな。」

「中が読めるのか?」

俺はディスプレイを覗きこんだ。

「不遠田ちゃ〜ん、その為に俺んトコに持ってきたんだろ。読めなきゃ、ダメだったって電話で事足りるジャン。まあフォーマットしてF・Diskまではよかったんだけどね。読まれたくなきゃ、ハードディスクを破壊しなきゃ。この程度じゃ俺にとっては、普通のパソコンと同んなじだよ。まあでも壊していったら、はい、泥棒です、って言ってるようなもんだけどね。」

そういって後藤はキーボードを叩いた。

「はい、これが消される前の状態。ここ1〜2週間のデーターを見ると、なんとか村がどうしたとか、マホガニーがどうしたとか、そんなのばっかりだゼ。レスポールの写真もあった。植林して、ギター作りでもするつもりだったのかな?」

後藤そういいながら、さらにキーボードを叩いた。

「レスポールと一緒に、何枚か写真がある。むさくるしいオッサンと、金髪のネエーチャンが写ってるゼ。映りが悪いんで、修正すっか。盗撮のようだが・・・、服は着てる。美女と野獣だな、こりゃ。地図も残ってるぞ。なんなんだい、コレ?」

俺はとりあえず、今まであったことだけを伝えた。

「そんな、バカな!日本の山にホンジュラス・マホガニーが生えるワケがない。メイプルも、ローズも、ギター屋さんが植林したってか。アホらしっ!」

「それは、俺もそう思う。しかし物証があるんだ。氏江は枝を持って帰ってきてる。間違いなく氏江は、これを調べていたハズなんだ。」

「でも、滑落なんだろ?コロシのネタがなけりゃ、しゃーねージャン。」

・・・氏江の後を引き継ぐか・・・

俺はデーターを貰って、事務所に戻った。

 

 

「We're Rock'n Roller」のけたたましいドラムの音で、俺は叩き起こされた。いや、正確には携帯のリングバック・トーンである。

・・・コリャ、呼び出し音には、むかんな・・・

「もしもし。」

「不遠田か?。俺だ、江尾本だ。研究室がやられた。」

寝起きの俺に、江尾本が呪文を唱えている。いや呪文のように聴こえただけらしい。

「何がどうしたって?」

「俺の研究室から、一切合財のデーターが消えた。あの枝も・・・マホガニーの枝もだ。」

 

 

大学の研究棟の前は、賑やかだった。赤や青や黄色の回転灯が、華やかに回っている。学生の野次馬で、人だかりが出来ていた。勉強もこれだけ熱心にやってくれればいいのだが・・・。

「おう、不遠田。お前も通りすがりの野次馬か?」

暮市警部がニコニコ笑っていた。鑑識の東海もゴソゴソ動き回っている。

「で、探偵さん。何が起こっているのかなあ〜〜〜?」

暮市警部は嬉しそうな顔で、俺の顔を覗き込んだ。

「実はな・・・」

俺は今までの出来事を告げた。

 

「ということは、そのマホガニーの枝ってやつを盗むために、ココを荒らしたと。」

俺が話そうとすると、先に江尾本が話はじめた。

「私の研究は、別に秘密などありません。ごくごく普通の研究ですから。変わったものと言えば・・・不遠田が持ち込んだ、コレしかないんです。他にはまったく、心当たりはありません。すべての分析データーの入ったノートパソコンもなくなっています。」

「ただのモノ盗りじゃないんですかね?」

暮市警部はまだ信用していない。

「いや、他のものならそうとも言い切れないんですが・・・枝なんか持ってって、どうするんです?泥棒が枝はおかしいでしょう?」

「まあまず、昨日の状況を教えてください。」

暮市警部は、こきたない手帳を広げた。まあ、聞き込みでiphoneを出されても、威厳はない。

「ええ、昨日は私が、当直だったんです。」

「当直?大学にも未だに、そんなもんがあるんですか?」

「ええ、ちょっと大学のコンピューター・システムが新しくなったもんで、この半年間だけってことで、夜間にちょっとした操作を。ところが夕べの大雨で、私は呼び出されたんです。」

「ほう。」

興味深げに暮市警部が身を乗り出した。

「夕べの大雨で、鎌倉のほうに落雷があったんです。それが運悪く、樹齢400年の木に落ちたんです。それで急に呼び出されたんですよ。もちろん大学のほうには、了承を取りました。誰もいなくなるわけですから。」

「で、教授は出かけられたんですね?何時頃ですか?」

「ちょうど12時ぐらいですね。12時前には、ちょっとしたプログラムを走らせなきゃいけないんで。なに、時間のログを取るとかいう、簡単なものらしいんです。それのスイッチを入れてから、出ましたから。」

暮市警部が話しかけようとするのを、俺は制した。

「その当直というのは、どれぐらいの人が知ってるんですか?」

「いや、別に秘密じゃないんで、結構知ってますよ。前回の時は、学生が遊びにきてくれたし。教授室の前には、当番の紙が貼ってありますから。」

「ということは、夕べ、江尾・・・いや、失礼。教授がココに当直でいる事は、誰でも知っていたと?」

「誰でもってわけじゃないですが、知ろうと思えばわかるはずです。」

「どういうことかな?探偵さん?」

暮市警部が興味津々で覗き込んできた。

「さっきも説明しましたが・・・これは連続した事件です。全部1本の糸で繋がってます。とすると氏江の死にも、疑問が残る。確証はないが、氏江が消されたってセンもある。もしそういう荒っぽい連中が、夕べの雨にまぎれてココに来たとすれば・・・」

「狙いは教授・・・ってことか?」

暮市警部の顔つきが変わった。ベース・ソロに入る前と同じ、真剣な顔つきである。

「俺は、その線が濃厚だと思う。ヤツらは氏江の葬式の日に、教授のことを知ったんだろう。誰かがマホガニーを特定してるはず、って考えるからな。そこに教授が出てきたってワケだ。ヤツらからしてみれば、氏江と同じくらい重要人物、ってことだ。とすれば、教授にも・・・」

「消えて貰う・・・って考えるわなあ〜、普通。」

「そうなんだ。氏江が消えて、教授が消えれば、知ってる人間がいなくなる。物証も消えてくれれば、なお安心だ。氏江と教授は友人だが、氏江は山で滑落。とすれば、おそらくヤツらは、教授がこの研究棟から飛び降りて自殺・・・ってことにすれば、繋がっていると考えるやつはいない。これで、すべては闇の中だ。」

「ということは、夕べの落雷がなければ・・・」

江尾本の声が、震えていた。

「今頃はお休みだったろうね、それも解剖室で。」

俺は窓の空を見上げた。

「連続殺人未遂・・・いや、不連続殺人・・・ってことか・・・」

暮市警部の目が、ランランと燃えていた。

江尾本の保護を頼むと、俺はそこを離れた。

 

 

・・・こっちから、揺さぶりをかけるかあ・・・

俺はタバコに火を付けた。カシュ!っという音と共に、ジッポーに炎があがる。マイアミ・ドルフィンズのエンブレムの付いたジッポーに、後ろの男の影が写る。

・・・ハデに動き過ぎなんだよ、不審者クン・・・

俺はそのまま歩き出した。
 

 

「ごめんください!」

俺は扉を静かに押した。扉には申し訳程度の大きさで「礒蕉村 産業観光課 東京支局」と書かれていた。俺の声に、カウンターの向こうの机に座っていた、男が顔をあげた。男の顔は、明らかにギクッ!とし、俺の顔を知っている反応をしめした。

「すいません。ルポライターの不遠田というものなんですが、取材させていただけませんでしょうか?」
「取材・・・ですか?」

あきらかに男の顔に動揺が走っていた。

・・・おや?コイツ、どっかで見た顔だな?・・・

そう思いながら、俺はにこやかに話続けた。

「ええ、たまたま知人に、こちらの話を聞きましてね。興味が沸いたもんですから・・・。少しお話、よろしいですか?」

男は懸命に平静を装っていた。

「何をお知りになりたんですか?村は伐採と少しの工芸品しかない、しがない小さな村です。少しでも木材の取引先を開拓できればと、ココに役場から出向しておるんです。それ以外なにもないし、おもしろくもなんともない村ですよ。」

「いや、それだからこそ面白いんですよ。失礼ですが、そんな村があること事体、我々には新鮮なことです。いろいろ取材したいので、その材木をおろしているところなんかも教えていただけますか?」

「えーーっとですね、あんまり多いわけではないんですが、A社とB社と・・・」

人間、何かを隠そうとあせればあせるほど、饒舌になるものである。取材など断ればいいものを、怪しまれまいとペラペラ喋るものだ。

・・・ふん、焦らなきゃいいものを。その会社はみんな、ギターの材木をあつかってるとこだ・・・

「そうなんですか。それでですね・・・」

あくまでもルポーライターを装って、くだらないことを尋ね続けた。

「どんなものをお作りになってるんですか?」

「ええ?ああ、ギ・・・机とかタンスとかです。」


・・・そんな山奥で、そんな大きなもの作って、どうやって運ぶんだい・・・

俺はそうそうに切り上げ、礼を告げ、そこをあとにした。

・・・さあ、ケツに火は付けたゾ。あとは導火線の火がどこに繋がるのか・・・

けたたましい呼び出し音が、俺のケツのポケットで鳴った。やっぱりこの曲は、呼び出しにはむかないようだ。

「もしもし・・・」

 

 

「暮市から連絡があったよ。不連続殺人か・・・。面白い!実に面白い!」

後藤は俺に背をむけながら、キーボードを叩いていた。

「おいおい、人が1人死んでるんだゼ。めったなことは言わんでくれよ。」

後藤がクルッと椅子を回して振り向いた。

「すまん、すまん、つい・・・。おおー、教授もご到着のようだ。」

警備用モニターに、江尾本の姿が映し出されている。

「やー教授、お待ちしておりました。こちらにどうぞ。」

江尾本が部屋をノックしようとした瞬間、ドアが開いたのだ。江尾本は目を丸くして、狐につままれたようだ。部屋の中に招き入れられ、江尾本はキョトンとしていた。

「ところで教授。これに見覚えは?」

後藤がディスプレイを指差した。

「あっ!!」

江尾本は絶句した。盗まれたはずの、自分パソコンの画面が表示されているのだ。そこに映し出されているのは、江尾本が自分で撮った写真の壁紙である。他のどこにもあるはずがなかった。

「これは・・・」

江尾本の絶句が、疑問符に変わった。

「お宅の大学に、鯨津(げいつ)教授がおられますよね?」

「ええ。」

「そちらの大学の名前を聞いて、ピンときました。鯨津教授の新型スーパー・コンピューターが動いてますよね?」

「はい。」

「いったいどういうことなんだ、後藤。いや、後藤課長。」

俺の問いに、後藤は嬉そうだった。

「いや、ワリイ、ワリイ。手短に言うとこの鯨津教授は、俺の先生なんだ。いや、世界中のハッカーの・・・って言ったほうがいいかな。とにかくその道の人間は、誰でも鯨津教授のことを知ってる。いや、鯨津教授がハッカーってわけじゃないんだ。鯨津教授は世界有数のプログラマーなんだよ。とにかく、面白い人なんだ。」

「鯨津教授って・・・あの有名な鯨津ビルの鯨津か?」

後藤は続けた。

「そうそう、世界一難攻不落の鯨津ビル。あの小さな3階建てのビルは、ビルそのものがコンピューターだと言われている。もしあそこに進入できれば、ハッカーの世界では免許皆伝ってなもんだ。そちらの大学は、その鯨津教授のコンピューターが入っている。」

「だから・・・なんなんですか?」

江尾本には???が飛び交っていた。

「まあ、簡単に言えば、そちらのコンピューターでは、みなさんが知らないプログラムが、多数動いてるってことなんです。私も時々そちらのコンピューターにお邪魔して、覗いていたんです。」
「大学のほうに?」

江尾本のトンチンカンな受け答えに、後藤は大きい声で笑った。

「いや、これは失礼。そういうとらえ方もできるんですね。いや、すいません。そうじゃなくて、ハックしてお邪魔するんです。平たくいえば、不法侵入です。」

「えっ?」

「前々から鯨津教授は、大学にできる新型スーパー・コンピューターを我々のオアシスにするつもりだったんです。なので、あそこの中には、みんながノドから手が出るほど欲しがるような、面白いプログラムがワンサカ動いています。」

江尾本も俺も、狐に化かされているようだ。

「まあ、細かい点は置いといて。とりあえずその中に・・・」

椅子をクルッと回して、後藤はディスプレイの方を向き、マウスをクリックした。そこにはいつも見慣れた検索サイト、ゴーグルの画面があった。

「鯨津教授は今、コイツの数百倍の能力をもった、検索プログラムを作ろうとしています。おたくの大学のスパコンなら、十分可能です。そしてそれの研究を、我々と行っていました。それは、何があろうと、ネットで繋がっているパソコンのデーターを根こそぎ拾ってきて、分析・暗号化し、その蓄積によって、膨大なデーターを処理しようというものです。」

2人は、ポカーンと口を開いていた。

「まあ世間でいう、検索ロボットの高速なヤツだと思っていただいて間違いない。ただしその能力は、数百倍。その実験を、現在行っている最中でした。」

2人はあっけにとられていた。

「まあとりあえず、大学内につながれているパソコンのデーターは、教授、あなたが最後に押していったスイッチで、すべてスパコンに取り込まれた訳です。なので・・・すべてがスパコンに保存されていました。すごいプログラムですねえ。復元するだけで、教授のパソコンが、そのまま復元されました。」

また後藤がキーを叩くと、江尾本のパソコンの画面が表示された。

「素晴らしい!江尾本教授、あなたの研究は、たいへん素晴らしい。世界平和に大いに役立つものです。申し訳ないですが、中は見せていただきました。それと・・・くだんのマホガニーのデーターもいただきました。」

また後藤がキーを叩くと、マホガニーの木の写真や、データーが表示された。

「それでですねー、5分ほど待っていただけますか?その間にコーヒーでも。」

後藤が立ち上がって、コーヒーを煎れ始めた。

「後藤、なんなんだよ、これ?」

「まあ、あせらずに。お砂糖はいれますか?」

悠然と後藤はコーヒーを用意していた。2人の前にコーヒーが置かれると、パソコンからピッピッピッと音が聞こえた。

「ああ、繋がった、繋がった。」

後藤はまた、ディスプレイに向かった。

「何が、繋がったんだよ?」

「偵察衛星!」

後藤はこともなげに言い放った。

「偵察衛星?」

「正確にはUSA G2.1U。通称ZOOMと呼ばれているやつだ。コイツは地上5cm角までなら、認識できる。アメリカ・ナンバー・ワンじゃないけどな。ナンバー・ワンはGT−10。通称BOSSって呼ばれてるやつさ。あれは地上2cm角まで認識できる。今回はZOOMでも、なにも問題ない。」

「なんでこれが・・・」

「動いてるかって?ハックに決まってんだろ。こいつを借りるには、時間1万ドルかかるんだ。そんな予算は、署にはない。ただ世界で唯一、鯨津教授だけは、自由に使うことが許されてるんだ。鯨津教授に訳を話して、ちょっと借りたのさ。」

後藤は続けた。

「あの鯨津ビル、誰が金出してると思う?いくらなんでも、大学教授にあの施設はムリだ。なりは小さいが、世界最高峰のハイテク・ビルだからな。あのビルに出資しているのはアメリカだ。」

「CIAか?」

「もっと上だ。」

こともなげに後藤は言った。CIAより上っていったら・・・合衆国政府?

「日本はバカだからな。ああいったものに、金は出さん。二番じゃダメなのかって、トンチンカンなことを言う国だからな。アメリカはああいった情報戦の最先端技術には、いくらでも金をだす。鯨津教授が何をやっているのか、唯一の理解者だな、我々を除いて。ああ・・・出た、出た。」

そこには、緑の山が写っていた。

「貰ったGPSの位置はこのへんだ。ああ、村らしきものがある。人が歩いているぞ。」

確かにそこには、家や人が映っている。

「これが例の村の映像だ。ここにだなあ、江尾本教授が分析してくれた、マホガニーのデーターを入れて・・・っと。」

後藤がカチャカチャ、キーを叩いた。

「ホイ!これでどうだ!」

ディスプレイの中、映し出されている山の斜面が、パッと赤く染まった。

「江尾本教授、あなたの分析は素晴らしい。この赤く染まっている樹木は・・・、マホガニーだ。」

「!」

 

 

江尾本と後藤は、ディスプレイに表示されているものに、次々データーを入れて歓声を上げている。まるでオモチャを手にした子供のようだ。後藤にかかれば、偵察衛星も、ただのオモチャに過ぎない。

・・・実在してるんだ。間違ってなかったぞ、氏江・・・

俺の頭は、フル回転していた。

「ヒャッホー!コイツはクールだ!。見ろよ、レオ!ブラジリアン・ローズウッドまで、ありやがる。」
キーを叩きながら、後藤は嬉しそうだ。
「まてよ、それなら・・・これで・・・どうだっ!?」
いくつかの山並みのうち、その2つだけが、赤く点滅している。
「わかったよ、レオ!このカラクリが。コイツは火山の地熱だ!この2つの山だけ、南国なんだ。これじゃ雪も解けるだろう。おおー、そうか、そうか。里から見ると、斜面が逆なんだ。下からは絶対見えない斜面なんだな、この山。クール!実にクールだ!」

・・・さて、どう攻めるか・・・

 

 

「レオーっ!いるーーーーっ??」

けたたましい声が、階段の下から上がってきた。地獄から這い上がってきた悪魔、いや、小悪魔の声だ。声の主と共に開けられたドアの音は、まるでパイステのドラのように、頭の中に鳴り響いいた。

「レオーー!なんだー、いるんじゃない!?見て!見て!ギター、買ったんだよ!」

ドンと置かれたケースを、真奈美は勢い良く開けた。開けたはいいが、俺の目は開かない。頭はまだ、ソファーにロープで縛り付けられてるようだ。

「ホラッ!レオったら、起きてっ!ホラッ!チューしたげるから!」

俺の唇の上に、ナメクジが落ちてきたようだ。最近のナメクジは、ミルクの味がする。

「お酒クサーーーイッ!!」

当たり前である。ついさっきまで、お酒が友人だったのだ。ちなみに今は、ソファーが友人だ。

「とりあえず・・・水と・・・コーヒー・・・」

それだけ言うと、俺の記憶はコト切れた。真奈美がコーヒーをいれている間、俺は遠い世界に旅立ったのである。

「ハイッ!コーヒーとお水!レオちゃ〜〜〜ん、おっきしてださ〜〜〜い。」

俺は重い頭をなんとか持ち上げて、コップの水を頭にかけた。水は頭の分、コーヒーは体の分だ。

「まっ、なんてコトするの〜〜?!シャワーなら、一緒に入ってあげるのに〜〜ウッフ〜〜〜ン。」

俺はまだ「エンコウ」で新聞に載るつもりはない。次に載る時は、死亡記事と決めている。起き上がった上半身を捻って、なんとかコーヒーまではたどりついた。あとはそれを口に運ぶだけである。

「ホラッ!見て!見て!ギター、買ったんだよ!カワイイでしょーー?ケイランの優衣ちゃんと同じだよ!」

ケイラン?鶏卵?卵?それは、異次元の世界のことか?

「レオ、知らないのーー?慶蘭高校軽音楽部。アニメよ、ア・ニ・メ!!」

そんな学校、横浜にあったっけ?卵を生む女子高生がいるのか?

「そのね、主人公の優衣ちゃんと同んなじギター。レスポールだよ。ギブソンじゃないケド。」

たしかにヘッドにはフォトジャーニーと書いてある。いわゆる廉価版メーカーだ。

「でも、カワイイでしょ〜!?」

確かに見た目はキレイである。ぱっと見たぐらいでは、廉価版とはわからないだろう。やっとのことで俺はソファーに体を起こした。真奈美はどっかりと俺の隣に腰を降ろした。おおきいケツだなあ〜と言いかけて止めた。セクハラは禁物だ。褒めると、脱ぐクセがある。

「ほんとはね、コレが欲しかったんだけど、こんなの高くて買えないでしょー?だからね、優衣ちゃんと同じのにしたの。」

真奈美が見せた音楽雑誌には、美しいレスポールの写真があった。

「ん?!」

俺は、目が覚めた。オレンジ・ドロップがなお退色してゴールドの輝き。見たことないような美しいキルト。「カスタム・ショップ」の名前で、かなり高額な商品だ。いや、あの「写真」にそっくりである。

「コレ、スッゴイきれーじゃない?」

雑誌を真奈美から受け取り、俺は写真を見つめていた。ふとあることに気付いて、俺は真奈美のほうを見た。

「そういえば・・・真奈美・・・、お前、ギター・・・弾けたっけ?」

 

 

小悪魔という嵐が過ぎ去って、俺は重い腰を上げ、馬車道に向かっていた。横浜は歩くに限る。歩けば、そこかしこに「横浜」があるのだ。歩かなければ、ランドマーク・タワーが見えるだけである。
俺は馬車道の入り口にある、バーガー・ショップに入った。

「いつもの・・・」

とでも言えばカッコイイのだろうが、何も言わなくても、俺のメニューは出てくるのである。厚めのガリガリのオニオン、分厚いトマト、重なったレタス。肉は隠れて見えない。それをコーラで流し込み、タバコに火をつけると、コーヒーが出てくる。何度来ても、このタイミングは同じだ。マスターには、タイマーが付いてるらしい。

「マスター、なんかわかったかい?」

マスターはパイプに火を付けようとしていた。パイプに火が付くまで、俺は待った。

「お前さんの考えで、ビンゴだ。あのレスポールも、そこが出処らしい。」

「やっぱり、そうか・・・」

「ああ、送られてくるのは、それなりのギターなんだが、あいつではなかった。どこかで、すり替えるってことだな。金は勿論、正規に振り込んでる。普通はホンモノをニセモノにすり替えるんだが、ニセモノをホンモノにすり替えるんだから、誰も気が付くはずがない。」

「ずっとか?」

「ああ、ずっとだ。トップ・シークレットとして、申し送りされてるらしい。ほんの一部の人間しか知らないことだ。日本ギブソンの社長のほとんどは、アメリカ人だしな。」

「サンキュー、マスター。」

「老婆心で言うんだが、今度の相手は・・・手ごわいぞ。俺のとこにも、相当邪魔がはいった。気をつけな!」

俺は1万円札を10枚ばかりコーヒー皿の下に入れ、いっきにコーヒーを飲み干した。日本一高いバーガー・ショップだが、日本一頼りになる。ついでに、日本一うまい。俺の主食である。

・・・でかたを待つか、こっちが攻めるか・・・

ゆっくり考えながら歩けば、もうすぐ「赤い靴の女の子」が見えてくる。何も言わずに俺の話を聞いてくれる「赤い靴の女の子」は、最高の相談相手だ。問いかければ、波の音が答えてくれる。

・・・この時間に空いてるのは、あいつか・・・

潮風を乗せて、携帯で呼び出す。

「モシモシ、俺。バンドウ・ホテルにいるから。」

とりあえず戦いの前には、この世に名残を残さぬよう、こっちの一戦も大事だ。氷川丸を横目に、俺はバンドウ・ホテルに向かった。小悪魔が火をつけていったところが・・・熱い。

 

 

「そこまでにしてもらえないかなあ?」

真夜中の不遠田探偵事務所の中には、灯もつけずに捜し物している人がいるのだ。

「おっと、動かないでくれる?争いごとは好きじゃないんだ。これ以上事務所が汚れると、ここを追い出されかねん。」

パチッと電灯をつけると、黒装束に目だし帽をかぶった、ガタイのいい男が振り向いた。

「俺の後ろには、警部が待ち構えている。無駄な争いはしたくない。それに・・・髭が生えてたほうがいい男だったなあ、久礼間さん。」

男はゆっくり目だし帽をとった。そこには産業観光課にいた男、髭をそった久礼間の顔があった。

「あんたには、黙秘権がある。といっても、殺人罪付きのだがな。おとなしくしてもらえるか?」

俺の横をすり抜けた暮市警部が、手錠をかけようとするとはじめて抵抗した。

「待って下さい!」

後ろから、透きとおるような女性の声が聞こえた。振り向いた俺達の目に、金髪の美しい女性が飛び込んできた。

「待って下さい。抵抗してはなりません。おとなしくしなさい。すいません、すべて私の責任です。すべて・・・すべて、お話します。抵抗も致しません。お願いですので、私の話を聞いて下さい!」

静かだが、力強くローラは言い放った。流暢な日本語、いや、日本人そのものの喋り方である。

「もう、逃げも隠れもいたしません。お願いですので、私の話を聞いて下さい。今・・・迎えの車がきます。お話を聞いていただいたあと、警察にまいります。」

ローラは有無を言わせぬ力強さで、私たちをいざなった。階段を降りるとそこにはリムジンがまっていた。私たちは乞われるままに、車に乗り込んだ。車に乗る瞬間に見えた、車の前方に付いていた旗は・・・星条旗である。アメリカ大使館のリムジンである。
滑るように走り出した車は、第三京浜を都内に向かって走った。いつの間にか車の前後は、護衛車と思われる車にエスコートされていた。

・・・俺の命もここまでか・・・

そう思っているのは、暮市も同じだった。こういう時の暮市は、弱い。精神的な圧力に弱いタイプだ。
車は第三京浜を降りると、六本木に向かっていた。夜にそびえたつ摩天楼の一角、オービル・ナインと呼ばれる第九太田ビルの地下駐車場に滑り込んだ。さっと黒ずくめの男たちが、ドアを開ける。こいつら、SP?。おいおい、左の脇の下を膨らませて歩くのは止めてくれ。ここは日本、そして俺は民間人だ。
車が停まったところに、エレベーターがある。我々はエレベーターに乗せられると、最後にローラが乗ってきた。ローラはそれがさも当たり前のように、エレベーター・ボタンの上にカードを差し込んだ。1階から10階のランプが2度点滅すると、ランプはすべて消え、エレベーターは動き出した。
そこは外からは見えぬ、正規にはない11階だった。エレベーターを降りたとたん、絨毯に足が沈んでしまうのではないかと錯覚するぐらいにフカフカだった。重厚な廊下をあるき、部屋に招き入れられた。

 
「よっ、お先!」

後藤がおどけてみせた。無州も東海もいた。

「まな板の鯉状態だ。まっ、虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってな。」

「どうも、揃ってご招待らしいです。」

あきらめ顔で、東海が笑った。

「レオが絡むと、ロクなこたあーねえーな。」

無州がブスッとしていた。

「どうぞ、お掛け下さい。あなた達はさがっていなさい。お話は私がいたします。」

久礼間は何か言いかけたが、ローラの視線に気おされて、そのまま引下った。

「不遠田さん、そして無州署長、暮市警部、後藤課長、東海主任、でしたわね。今回のことについては、すべて私に責任があります。他の者達は、すべて私の命令で動いただけです。氏江さんには、大変申し訳ないことを致しました。当家で、今後一切の責任をとらせていただきます。司法の裁きについては、すべて私が受ける所存です。」

どうやらここで始末されることは無いらしい。

「とにかく、すべてお話いただけますか?すべては・・・それからです。」

思いつめたように、一瞬ローラはためらってから口を開いた。

「長くなると思いますが、よろしいですか?」

ローラが机の上の小さなベル・チャイムを鳴らすと、お茶が運ばれてきた。メイドが部屋から出ると、ローラは重い口を開いた。

「みなさんは、松尾芭蕉をご存知ですか?」

 

 

それはあまりに意表を突いた言葉だった。殺人が絡む事件の告白の幕開けが、いきなり「松尾芭蕉」である。あっけにとられる、まさにこの言葉以外、思いつかなかった。中華料理を喰いに行って、一品目に茶碗蒸しがでてきたような、強烈なカウンター・パンチであった。

「こんな唐突な話、無理もありませんよね。でも、知って頂く必要があるんです。すべては・・・それからです。」

ローラは重厚なデスクに座った。

「松尾芭蕉、スパイ説って、お聞きになったこと、ございません?」

「ああ、僕は何かの本で読んだことがあります。」

東海が僕という時は、興奮している時だ。

「正確に言うと、スパイではなく、諜報機関なんです。松尾芭蕉という名は、今で言う007みたいなものなのです。始まりは1600年頃、幕府に設立された諜報機関でした。みなさんもご存知かと思いますが、松尾芭蕉の『奥の細道』に関しては、つじつまのあわないところが、沢山ございます。それはあたりまえなんですね。何人もの『松尾芭蕉』がいて、全国で活動していたんです。だから、漏れ聞こえる話だけを繋ぎ合わせると、当然不自然なところが出てきます。私たちの祖先も、その『松尾芭蕉』でした。」

全員が、ローラの話に聞き入っていた。

「1800年頃、ペリーの黒船が来た時。『松尾芭蕉』とその弟子が1組、アメリカに渡ったんです。それが、私たちの祖先でした。『松尾芭蕉』の弟子、有名なのは『曾良』となっていますが、これも総称です。私たちの祖先は『礒田湖竜斎』といい、江戸の浮世絵師でした。元々、情報を集めるという名目でアメリカに参りましたが、2人はあっというまに、現地の人々に溶け込んだんだそうです。そしてついに現地で結婚するまでに至ったんです。その時2人が結婚したのが、『ギブソン家』の次女・三女でした。私は見てわかりますように、アメリカ人です。私は『ギブソン家』の長女の直系の子孫であり、『松尾芭蕉』−これが久礼間家、そして『礒田湖竜斎』が、太田家です。」

誰も微動だにしなかった。

「そして彼らは持ち前の能力−諜報活動を、『ギブソン家』を通じ、いくつかの家にもたらしました。その活動の尽力により、それらの家はあっというまに巨万の富を成し、一大財閥となります。それはのちに、合衆国をも動かせる力を持つようになりました。」

「それは・・・ロック・・・」

「その名前は、お出しにならないほうが、良いと存じます。」

後藤が言いかけたことを、ローラがぴしゃっと止めた。そして静かに続けた。

「その後も彼ら『松尾芭蕉』『礒田湖竜斎』、当時はすでにギブソンを名乗っておりましたが、彼らの尽力により、次々と巨大財閥が名乗りをあげました。そしてそのすべては、ギブソン家を通じ、ファミリーとなったわけです。これが、私たちの祖先の話です。」

「四大メジャーまでが・・・」

ローラは咳払いをし、後藤に言葉を慎むよう、うながした。

「そんな中で、久礼間家・太田家の人間で、日本に住みたいという者が出て参りました。やはり『血』なのでしょうね。久礼間家・太田家の直系の血筋は日本にもあるわけです。『松尾芭蕉』『礒田湖竜斎』とも、子供を日本に残しておりましたし。2人は何度も秘密裏に、日本に戻っておりました。彼らの組織そのものは徳川家に仕えておりましたが、2人はそれにあまり乗り気ではなかったようです。すでにアメリカでの生活が主になっておりました。そこで我々はファミリーの力を借り、今回問題になった山奥に、ひそかに村を作り、そこで生活できるようにしました。それが『礒蕉村』なのです。お気付きかと思いますが、『礒蕉村』の名前の由来は、礒田の礒、芭蕉の蕉、を二つ併せ・・・『ギブソン』と読めるようにしたのでございます。」

「なっ!!!」

その場にいる全員が、絶句した。

「与えられた村に、大方の久礼間家・太田家の人が移り住み、そしてギブソン家からもこの地にすむ者がおりました。幸い人里はなれた山の中です。当時珍しかった異人がいても、なんの問題もありません。今回のことの発端となった木については、偶然のことなのです。誰かが植えたんでしょう。それがたまたまここの条件に合致し、山をなしただけでございます。その後、この木が使えるようになるとは、誰も思っておりませんでした。この木に気がついたのは、私のおじい様にあたるオーヴィルなのでございます。」

「オーヴィル???オーヴィル・ギブソンか?」

「はい。私たちはファミリーの力によって、なんの不自由もなく暮らせます。私たちのファミリーの力は・・・ご存知のように、世界をも動かします。日本においても、恐れ多くも天皇陛下様と御近づきとさせていただき、静かに暮らすにいたっておりました。久礼間家は表に出ることを嫌いましたが、太田家は我がファミリーの代表として、日本の経済界の末端を汚させていただいております。」

「それで太田家を調べても、何も出てこないのか・・・」

俺は氏江のことを思い出した。

「もうお判りだと思いますが、当家はあの『ギブソン』でございます。戦前から、いえ、日本では明治でございますね。楽器を作りはじめましたが、正式に『ギブソン・ギター』となった時は、もうオーヴィルは身を引きました。オーヴィルは我が一族の人間です。金や会社に執着があるわけではございません。会社を人に任せると、自分は日本に・・・ここ『礒蕉村』に来ていたのでございます。」

「えっ?オーヴィルが日本に?」

俺は椅子から飛び上がりそうになった。

「はい。オーヴィルは純粋に、ギターを作りたかったのでございましょう。密かに海を渡って、この地に住み着き、ギターを作りはじめ、あの山を発見するに至りました。そして他界するまで、ずっとこの地におりました。」

誰も、二の句がつげなかった。

「そしてその時に、久礼間家の人間にギター製作を教えたのでございます。あの山の木で作るギターは、それはもう美しいものでした。納得できるものが出来上がると、オーヴィルはアメリカに送っていたのでございます。」

「それが・・・カスタム・ショップか・・・」

「正確には、カスタム・ショップのはしりでございます。オーヴィルも久礼間家の人間も、一切注文というものを受け付けません。すべては、自分たちが納得するため。あの村の3分の2の人間は、なんらかの形で、ギター製作を行っています。また、山にあった木。元々はいろいろなところにあったものなのでしょうが、日本の土壌で育つうちに、独特のものになってまいりました。それは、世界に類を見ない、美しいものです。私たちは今までも、そしてこれからも、ずっとこのまま暮らすつもりでおりました。ところが・・・」

「氏江が見つけてしまったんだな・・・」

暮市が、ボソッっとつぶやいた。

「はい。最初は・・・そのままにと・・・監視することだけにしておりました。ところが・・・またすぐ・・・私たちのことを、調べ始めたのでございます。いえ、調べて出るようなものではございませんが、氏江様は直接、山のほうでお調べになられておりまして・・・。これをされると、正直、隠しようがございません。山は、今では私たちにとって大事なものです。山の一つや二つ、消すことは簡単ですが、この地には・・・私たちの多くの祖先と、オーヴィルが眠っております。」

「山を消すって・・・」

その強大な力をサラッと口にするローラに、東海は青くなっていた。

「私は、正直に話すべきだと思いました。話してわからない方とも、思えませんでした。太田から本国のファミリーと連絡をとっているうちに、あまりにも核心に近づきすぎたと感じた久礼間が・・・。彼は礼二と申します。恐れを抱いた礼二が、山で氏江様と争い・・・。早まったことをしてくれたものです。あと少し待ってくれれば、私たちは不遠田様に、コンタクトを取れたはずなのです。レンが・・・工場長のレン・ファーガソンが、不遠田様のことをご存知でした。」

レン、懐かしい名前だ。ナッシュビルの工場で、俺にレスポールを教えてくれた大恩人だ。

「ただそれが私に届いた時は、すでに遅かったんです。私達は地下に潜った礼二達を見つけられず、しょうがなく・・・ファミリーの力をお借りするに至りました。これ以上、礼二達に罪を犯させないためとはいえ、皆様を不安にさせてしまったことを、お詫びもうしあげます。あと少し、いえ、あと1日早く不遠田様にご連絡が取れれば・・・氏江様をあのような目には・・・。そのことに関し、すべてわたしが責任をとることは、ファミリーに伝えてあります。礼二達も、司法の手に身をゆだねる所存でございます。ただ・・・」

「村のことを内緒にして欲しい、ってか。」

後藤は、つぶやいた。

 

 

「それは、身勝手過ぎやしないかい?ローラ姫。あんた達が何者で、何をどうしたのかは知らない。俺には関係ないしな。でも、あんた達は、自分の身を守るために、人を一人、殺したんだぜ?わかるかい?。ふざけんなよ!。人の命より大事なものって、なんだ?金か?地位か?名声か?自分自身か?言ってみろよ!!」

ローラーは目に涙をいっぱい溜めていた。

「言ってみろよ!!」

後藤が珍しく、本当に珍しく声を荒げた。ローラはワーッと机にひれ伏して泣いた。

「そうだよ、お姫様。とりすましてんじゃねえーよ。泣けよ!!泣いて、氏江の奥さんに謝って来い!すべては、それからだろ!。おい、無州!暮市!東海!帰るゾ!!」

後藤はそういって、席を立った。

「レオ・・・その後・・・自分達だけで・・・、自首させろ・・・。俺たちは、帰る。」

俺は、後藤の優しさに、右手をあげて合図した。それは・・・俺たちの、エンディングに入る合図だ。

 

 

次の日の朝、ローラと礼二、あと2人が横浜中央警察署に自首してきた。身柄はすぐに、県警に引き渡された。主だった事件が、山で起きていたこと。そして、その後の事件が大きくなかったことが幸いし、事件が大々的に報道されることはなかった。もちろん・・・その筋の力も・・・働いたことだろう。あれから1週間。俺は、抜け殻のようになっていた。

 

 

「ごめんくださいませ。」

ノックと共に、初老の紳士、いや絵に描いたような背の高い執事が、俺の事務所にやってきた。

「不遠田様は、ご在宅でございましょうか?」

「不遠田は俺だが・・・あんたは・・・。」

俺はソファーから起き上がって、男を見上げた。

「主人の使いで参りました、執事のポール・ジョーンズと申します。この度の不遠田様、及びご友人のご尽力により、我がファミリーのために力をお貸しいただけたことにつきまして、お礼を申し述べに参りました。つきましては、友情の証として、主人より不遠田様に、コチラをお届けするように申し付かり、持参して参りました。」

男は勝手にテーブルの上に、ギター・ケースを置いた。パカッと開けると、そこには見事なレスポールがあった。見事ではあるのだが・・・妙なギターだ。金色のピックガードの上に、建国記念モデルのように、アメリカ合衆国の地図が、キラキラ輝いている。ぴかぴかに新しいのだが・・・オールドにも見える。

「これは・・・」

「これは我がファミリーの友情の証。モデル・ナンバー6。1951年製、製造番号6番の、由緒あるモノでございます。5番までは、我がファミリー御当主様方の所有となっております。世界で6人目のファミリーの証、でございます。ちなみにこのピックガード、純金のプレートに50のダイヤ。全30カラット分があしらってございます。世界で最も古く、もっとも美しいギターといわれております。」

「なんだよ、その6番目って?」

「5人の主人の名前、お聞きになりたいですか?」

「うううん、いい。聞かなくていい。」

「それは、懸命なご判断でございます。」

「こんなもん、俺はいらねえーよ。」

「いいえ、それはなりません。不遠田様がお受け取りになるまで、私はずっとここに通うことになります。不遠田様がお受け取りになるまで、私は帰ることが出来ないのでございます。」

「そんなこといったって・・・」

「いいえ、これを不遠田様がお受け取りになっても、何も変わることはございません。不遠田様のお側に置いていただければ結構です。単なるお守りと考えていただいて結構です。主人5人よりの、心からの友情の証でございます。他意はございません。」

「しかしなあ〜」

「良いではございませんか。友人が増えるのは、良いことでございます。たった5人、友人が増えるだけでございます。不遠田様であれば、ドーンと大きな裁量で、友人として迎えてくれると主人は申しておりました。なにとぞ、お納め下さい。」

「わかった。とりあえず・・・預かればいいんだな。」

「ありがとうございます。これで私も心おきなくアメリ・・・、いえ、なんでもございません。」

「まあ、いいさ。友人達によろしく伝えてくれ。」

「ありがとうございます。主人達も喜ぶと思います。それではこれで、失礼いたします。」

男は深々と頭を下げると、部屋を出ようとして、クルッと振り返った。

「ひとつ・・・」

「うん?」

「ひとつだけ、よろしゅうございますか?」

「なに?」

男は俺の耳に口をよせて・・・

「主人には内緒なんですが・・・そのピックガード、趣味が悪うございますよね?」

男はウィンクしながら手を振って、階段を下りていった。

 

 

「何?いまの?」

入れ替わりに小悪魔が入ってきた。

「うん?」

俺は真奈美を見た。

「すっごい、でっかい車に乗ってたよ。かっこいいーの。ドアにさあ、ロッシントン・コリンズ・バンドみたいな、丸い金色の鷲のマークがはいってんの。私もあのステッカー、ほしー!!」

俺は小悪魔に、常識がないことに感謝した。

「メシでも、喰いに行くか?!」

「ウン!私ねえ・・・」

小悪魔の囁きが聞きながら・・・

・・・金色の鷲のマークは、ロッシントン・コリンズ・バンドか・・・

俺は笑いながら、通りに出た。

  

 

この物語はフィクションです。実際の事象・人物・団体名・事件・地名・建築物その他の固有名詞や現象などとは一切関係がございません。何かに似ていたとしても、それはたまたま偶然です。他人のそら似、自分のつくだ煮です。
テレキャスター・ストラトキャスターは、フェンダー社の米国並びに他の国における商標または登録商標です。
レスポールは、ギブソン社の米国並びに他の国における商標または登録商標です。

この物語の中で両社にかかる事象は、すべてフィクションです。歴史上の人物に良く似た名前がありますが、こちらに記されている内容につきましても、真っ赤なフィクションです。事実と思われる記述は、ひとつもございません。

← BACK

inserted by FC2 system