Columu 60 colume60回・閲覧数6000人突破記念(笑)連続ギター小説 |
レスポール不連続殺人事件 |
「こりゃあ、どっかで間違ったかな?」 生い茂る山の斜面から、木々の間を通して見える太陽を見上げた。 「おっかしいなあー、道が見つからん。」 氏江久太(うじえきゅうた)は、GPSの画面と地図を見比べ、しきりに山の斜面を気にしていた。南アルプスのずっと奥。地図の等高線が激しくカーブを描いているその中に、「礒蕉村(ぎしょうむら)」と小さく記されているのを見つけ、持ち前の好奇心で登ってきたのだ。こんな山奥の中に、ほんとうに村があるのか?。単純な疑問だった。地図でみれば、ここからそんなに離れているようには見えない。しかし山登りに詳しい氏江から見ると、最低でも今いるところから峠を1つ越えなければ辿り着けない、相当辺鄙なところである。持ち前の好奇心があるから、フリー・ライターになったのである。自らが見つけた疑問は見逃せない。 「この村に入る道は、どこにあるんだ?」 だいぶ等高線に沿って歩いた。村に入る道があるだろうと思われる位置は、歩ききったのである。 「しゃあねえなー。直線に向かって、出たとこ勝負か。」 GPSを見ながら地図上にある「礒蕉村」に向かって、氏江は方向を変えた。 |
案の定、直線は険しい道だった。昨日は力尽きて、岩陰にビバーグした。夜の山は、思ったよりも暖かかった。もう乗りかかった船である。ここまで来て引き返すのも癪だ。なおも「礒蕉村」に向かって進み続けた。 「こんな山奥に、いったいどんな人が・・・」 そう思って佇んでいた氏江の背後から声が聞こえた。 「あんた、誰だ?」 ふり向くとそこには男が1人立っていた。体格ががっしりした、顔中髭面の男である。 「あんた、そこでなにしてる!」 男の口ぶりは、まるで不審者を問い詰めているような言い方だった。氏江は自分が抱いた疑問を男に説明し、ここを尋ねた理由を話した。男は険しい表情のまま、氏江の話を聞いていた。自分がフリーのライターであり、素朴な疑問でここに辿り着いたことを話した。男は、しばし考えてから、口を開いた。 「まあ、いい。そういう理由ならしかたないだろう。今ここから追い出しても、夜の山に放り出すようなもんだ。今夜だけは、村に泊めてやる。ただここのことは記事にせんと約束してくれ。ここは山奥でなにもない、人の出入りもなにもない静かな村なんだ。できるだけ、人には知られたくない。それだけは約束してくれ。」 氏江は不思議に思ったが、人が住んでいれば、ただの普通の村である。書くようなことは何もない。氏江が同意すると、男は村の方に歩き出した。 |
村は約25世帯、約100人の村であり、材木を切り出す事と少しの木工製品を作ることで成り立っている。男は、そう説明した。そういえばいたる所に切り出した木があり、製材するような音が聞こえた。そのほかのことは自給自足しており、電気は来ているが、ガスや水道はないそうだ。ここから一番近い人里が、ダムの発電所であることは容易に想像できる。ガスや水道がなくても、自然の恵みはいくらでもある。男は氏江を二階の部屋に通した。男はこういうところなので、あまり出歩かないで欲しいと告げた。氏江は部屋に落ち着くと、急に疲れが出てきて、睡魔に襲われた。氏江が目を覚ましたのは、階下からギターの音が聞こえたからだろう。 |
音に誘われて階段を下りると、何もない作業場で男がギターを弾いていた。とても美しい音である。氏江は自分がギターを弾くこともあり、男が弾いているギターがギブソンのレスポールであることはわかった。 「きれいな音ですね。」 そう話しかけた氏江を、男はゆっくり見上げた。 「あんたかい。よく寝てたな。あんた、ギターがわかるのかい?」 「ええ少し。自分でも弾きます。」 「そうか。あんた、腹が減ったろう。今、食事を用意させる。ここで待っててくれ。」 男はギターを置くと、作業場の奥へと入っていった。女性の話し声が聴こえる。奥さんだろうか?。そんなことを考えながら、氏江は置かれたレスポールを見ていた。 「しっかしキレイなレスポールだなあ、新品かあ〜。」
自分でつぶやきながら、そう考えた自分を笑った。こんな山奥いて、新品のレスポールを買いに出るなんて、よっぽど好きなんだろうな。そう思いながら、しけしげと見ていた。 「こっちでメシを喰ってくれ。それから・・・驚くといけないんで言っとくが、ウチの女房は、アメリカ人なんだ。日本語はほとんどしゃべれん。」 そういって食卓に案内されると、そこには金髪の女性がいた。彼女ははずかしそうにし、食事を置いて奥に消えた。 「キレイなギターですね。カスタム・ショップですか?」 「うん?ああ・・まあ、そんなとこだ。それより、明日は朝が早いぞ。山を降りるには、時間がかかるからな。道は、明日教える。今日はメシを喰ったら、早く休んでくれ。」 そう言うと、男はまた作業場のほうに戻り、またギターを弾き始めた。レスポールの音の太さがあるのに、ストラトのようなきらびやかな繊細さがある。男の腕前も、相当なもののようだ。そのぐらいは氏江でもわかる。食事をおえた氏江は、2階に上がるとまた睡魔の襲われ、朝まで眠った。 |
次の日の早朝。氏江は疲れもとれ、すっきり目覚めた。男にせかされるように家を出ると、村のはずれまで案内された。男の名前は久礼間(くれま)といった。奥さんはローラ。久礼間はいくつかのGPSのチェックポイントと、地図の方向を氏江に告げた。このコースをはずれると、夜までには里に降りられない。久礼間の口ぶりは、まるで命令だった。氏江は礼を告げ、名刺を渡した。2人を背に、山の中に向かった。いつまでも2人は、氏江を見ている。それは見送るというより、氏江を見張っているようだった。小さくなった2人の影。朝焼けの日差しの中に、ローラの金髪が美しく映えた。本格的に歩き出そうとした氏江の目が、ある木に釘付けになった。 「これは・・・」 後ろの2人の見つからぬよう、氏江はそっとその木の小枝を折り、服の中に隠した。
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昼の六本木は、ゴミゴミしているだけで、魅力的な街ではない。それでも、昼には昼に働く人の姿がある。夜よりも、車のスピードが速い。夜の絢爛さとは、正反対である。 |
「すまん、すまん。待ったか?」 「おおー不遠田。こっちこそ、こんなところに呼んですまんな。」 氏江と不遠田は、向かい合って座った。 「さっそくなんだが、この前の木。あれについて説明してくれ。いきなり送りつけてきて、調べてくれもないもんだ。お前じゃなかったら、断ってるところだ。」 「わりーな。ただちょっと動き回ってて、時間が惜しかったんだ。で、どうだったんだ?」 「人に聞くより、まず説明だろ、せ・つ・め・い!。ちゃんと話してくれ。」 「おおー、そうか。ウン。実はな・・・」 氏江は自分が起こした不思議な出来事を、不遠田に話した。礒蕉村のこと、久礼間のこと、ローラのこと、レスポールのこと。 「で、どうだったんだよ!?」 「お前はあれを、そこから持ってきたんだって?ばか言うな。あれは紛れもなくホンジュラス・マホガニー、熱帯地方に生えてる木だ。いくらなんでも、そんじょそこらに生えてるわけはない。」 「だろー?だから俺は持ってきたんだ。前にお前んとこで、小さい植木になってるやつ、見たろ?あれのデカイやつなんだ。俺も目を疑ったよ。でな、すぐお前のトコに送って、それから自分でも色々調べてみたんだ。」 「なにを?」 「だから、マホガニーをさ。でな、いろいろ見てるうちに気が付いたんだ。」 「だから、なにを?」
「そのマホガニーの木のあった周辺の森。あれ、ローズとかメイプルとかがあったんだぜ。」 「いや、絶対そうだって。おかしいんだよあの村。第一、俺は山のことはシロウトじゃない。歩いてると樹木の変化で、なんとなく周りがわかるもんなんだ。それがあの村の周辺じゃ全然通用しないんだ。そしてな・・・」 氏江は続けた。 「その礒蕉村の産業観光振興課っていうのが、ここにあるんだ。」 「このオービル・ワンにか?」 「そうだ。おかしいだろ、そんな村だゼ。何を振興してんのか調べてるんだけど、何も出てこん。それどころか、何のための振興課すら、わからんのだ。」 「お前もヒマだなあー。」 「ヒマなんじゃない。好奇心だ。なんか、こう、ライター魂がおかしい、おかしいって、急き立てるんだよ。だってあんなとこに、マホガニーだぞ?。本物だったら、一大スクープだろ。」 「まあ、そうだけど。」 「だろー?でさ、ついでと言っちゃなんだが、お前にも調べて貰おうと思ってな。」 「金になんのかよー?」 「わからん!、それは、わからん!。わからんが・・・ひとつ、コレだけは教えとく。ここのオービル・ワン。オーナーが誰だかしってるか?」 「ああ、テレビに良く出てくる太田なんちゃら社長だろ?うさんくさい顔した。」 「それは、社長。実は本当のオーナー、ここで言う会長なんだが、久礼間というらしい。」 「ほう。」 「で、ここの喫茶店、火の鳥っていうのは・・・」 「ファイヤー・バードか!?」
「正解!!」
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「奥さん・・・」 「あっ、不遠田さん・・・」 「この度は、誠にどうも・・・」 不遠田の顔を見るなり、彼女の目に涙が溢れた。
「どういうことなんだ?」 江尾本(えびもと)は俺に尋ねた。俺と氏江と江尾本は、大学のサークル仲間だった。江尾本は大学の教授で、専攻は植物。最終的に、マホガニーの鑑定をしてくれたのも江尾本だ。 「主人は・・・主人は・・・事故なんかじゃありません。殺されたんです。」 「どういうことですか、奥さん。ゆっくり話してください。」 取り乱す彼女を、江尾本は落ち着いてなだめた。 「主人があのルートで登るはずがないんです。前に一度、一緒にあのへんに登った時、あのルートは簡単そうに見えるけど、滑落の危険性が高いんだって。だから、絶対通っちゃいけないんだって。その主人が、あそこで死ぬわけがないんです。」 彼女の目は真剣だった。江尾本は大きく頷いた。 「なにかが・・・、なにかがあったんです。そうじゃなきゃ、あんなところで・・・」 彼女は泣き崩れた。そうは言っても、警察や山のプロ達が事故−滑落による死亡と判断したのである。俺のようなシロウトの出る幕じゃない。 「奥さん、氏江は何を調べていたかわかりますか?」 「いえ、主人は家では、仕事の話は一切しません。ただ・・・」 「ただ?」 「この1週間、変なんです。部屋のものが動かされたような・・・。」 「泥棒が入ったと?」 「よく、わからないんです。主人の部屋はいつも散らかっていますし、動かすと怒られるもんですから。でもなんとなく、そんな気がするんです。」 「奥さん、氏江の書斎を見せていただけますか?」 案内された俺と江尾本を迎えたのは、まさに雑然とした部屋だった。資料やメモが、あっちこっちに散らばっている。これでは、泥棒が入ってもわからないだろう。こちらも調べようがない。江尾本も部屋の中で、キョロキョロしていた。 「奥さん、このパソコン、見てもいいですか?」 そういって俺はパソコンのスイッチを入れたが・・・起動しない。 「奥さん、このパソコン、使ってなかったんですか?」 「そんなはずありません。出かける前には、これで原稿を書いてました。」
しかし、中には何も入っていない。江尾本も覗き込んだ。 俺はそのあずかったパソコンを、後藤のところに持ち込んだ。
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「レオ、ピンポンだよ。こいつはー誰かが消したんだな。」 後藤は得意そうな顔で、タバコの煙を吐き出した。横浜中央警察署ハイテク対策課、課長の後藤の部屋だけは、禁煙ではない。 「しっかしなあ〜、これじゃ消えんのだよ。最近のスパイ君は、ツメが甘いな。」 「中が読めるのか?」 俺はディスプレイを覗きこんだ。 「不遠田ちゃ〜ん、その為に俺んトコに持ってきたんだろ。読めなきゃ、ダメだったって電話で事足りるジャン。まあフォーマットしてF・Diskまではよかったんだけどね。読まれたくなきゃ、ハードディスクを破壊しなきゃ。この程度じゃ俺にとっては、普通のパソコンと同んなじだよ。まあでも壊していったら、はい、泥棒です、って言ってるようなもんだけどね。」 そういって後藤はキーボードを叩いた。 「はい、これが消される前の状態。ここ1〜2週間のデーターを見ると、なんとか村がどうしたとか、マホガニーがどうしたとか、そんなのばっかりだゼ。レスポールの写真もあった。植林して、ギター作りでもするつもりだったのかな?」 後藤そういいながら、さらにキーボードを叩いた。 「レスポールと一緒に、何枚か写真がある。むさくるしいオッサンと、金髪のネエーチャンが写ってるゼ。映りが悪いんで、修正すっか。盗撮のようだが・・・、服は着てる。美女と野獣だな、こりゃ。地図も残ってるぞ。なんなんだい、コレ?」 俺はとりあえず、今まであったことだけを伝えた。 「そんな、バカな!日本の山にホンジュラス・マホガニーが生えるワケがない。メイプルも、ローズも、ギター屋さんが植林したってか。アホらしっ!」 「それは、俺もそう思う。しかし物証があるんだ。氏江は枝を持って帰ってきてる。間違いなく氏江は、これを調べていたハズなんだ。」 「でも、滑落なんだろ?コロシのネタがなけりゃ、しゃーねージャン。」
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「We're Rock'n Roller」のけたたましいドラムの音で、俺は叩き起こされた。いや、正確には携帯のリングバック・トーンである。 「不遠田か?。俺だ、江尾本だ。研究室がやられた。」 寝起きの俺に、江尾本が呪文を唱えている。いや呪文のように聴こえただけらしい。 「何がどうしたって?」 「俺の研究室から、一切合財のデーターが消えた。あの枝も・・・マホガニーの枝もだ。」
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大学の研究棟の前は、賑やかだった。赤や青や黄色の回転灯が、華やかに回っている。学生の野次馬で、人だかりが出来ていた。勉強もこれだけ熱心にやってくれればいいのだが・・・。 暮市警部がニコニコ笑っていた。鑑識の東海もゴソゴソ動き回っている。 「で、探偵さん。何が起こっているのかなあ〜〜〜?」 暮市警部は嬉しそうな顔で、俺の顔を覗き込んだ。 「実はな・・・」 俺は今までの出来事を告げた。
「ということは、そのマホガニーの枝ってやつを盗むために、ココを荒らしたと。」 俺が話そうとすると、先に江尾本が話はじめた。 「私の研究は、別に秘密などありません。ごくごく普通の研究ですから。変わったものと言えば・・・不遠田が持ち込んだ、コレしかないんです。他にはまったく、心当たりはありません。すべての分析データーの入ったノートパソコンもなくなっています。」 「ただのモノ盗りじゃないんですかね?」 暮市警部はまだ信用していない。 「いや、他のものならそうとも言い切れないんですが・・・枝なんか持ってって、どうするんです?泥棒が枝はおかしいでしょう?」 「まあまず、昨日の状況を教えてください。」 暮市警部は、こきたない手帳を広げた。まあ、聞き込みでiphoneを出されても、威厳はない。 「ええ、昨日は私が、当直だったんです。」 「当直?大学にも未だに、そんなもんがあるんですか?」 「ええ、ちょっと大学のコンピューター・システムが新しくなったもんで、この半年間だけってことで、夜間にちょっとした操作を。ところが夕べの大雨で、私は呼び出されたんです。」 「ほう。」 興味深げに暮市警部が身を乗り出した。 「夕べの大雨で、鎌倉のほうに落雷があったんです。それが運悪く、樹齢400年の木に落ちたんです。それで急に呼び出されたんですよ。もちろん大学のほうには、了承を取りました。誰もいなくなるわけですから。」 「で、教授は出かけられたんですね?何時頃ですか?」 「ちょうど12時ぐらいですね。12時前には、ちょっとしたプログラムを走らせなきゃいけないんで。なに、時間のログを取るとかいう、簡単なものらしいんです。それのスイッチを入れてから、出ましたから。」 暮市警部が話しかけようとするのを、俺は制した。 「その当直というのは、どれぐらいの人が知ってるんですか?」 「いや、別に秘密じゃないんで、結構知ってますよ。前回の時は、学生が遊びにきてくれたし。教授室の前には、当番の紙が貼ってありますから。」 「ということは、夕べ、江尾・・・いや、失礼。教授がココに当直でいる事は、誰でも知っていたと?」 「誰でもってわけじゃないですが、知ろうと思えばわかるはずです。」 「どういうことかな?探偵さん?」 暮市警部が興味津々で覗き込んできた。 「さっきも説明しましたが・・・これは連続した事件です。全部1本の糸で繋がってます。とすると氏江の死にも、疑問が残る。確証はないが、氏江が消されたってセンもある。もしそういう荒っぽい連中が、夕べの雨にまぎれてココに来たとすれば・・・」 「狙いは教授・・・ってことか?」 暮市警部の顔つきが変わった。ベース・ソロに入る前と同じ、真剣な顔つきである。 「俺は、その線が濃厚だと思う。ヤツらは氏江の葬式の日に、教授のことを知ったんだろう。誰かがマホガニーを特定してるはず、って考えるからな。そこに教授が出てきたってワケだ。ヤツらからしてみれば、氏江と同じくらい重要人物、ってことだ。とすれば、教授にも・・・」 「消えて貰う・・・って考えるわなあ〜、普通。」 「そうなんだ。氏江が消えて、教授が消えれば、知ってる人間がいなくなる。物証も消えてくれれば、なお安心だ。氏江と教授は友人だが、氏江は山で滑落。とすれば、おそらくヤツらは、教授がこの研究棟から飛び降りて自殺・・・ってことにすれば、繋がっていると考えるやつはいない。これで、すべては闇の中だ。」 「ということは、夕べの落雷がなければ・・・」 江尾本の声が、震えていた。 「今頃はお休みだったろうね、それも解剖室で。」 俺は窓の空を見上げた。 「連続殺人未遂・・・いや、不連続殺人・・・ってことか・・・」 暮市警部の目が、ランランと燃えていた。 江尾本の保護を頼むと、俺はそこを離れた。
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・・・こっちから、揺さぶりをかけるかあ・・・
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「ごめんください!」 俺は扉を静かに押した。扉には申し訳程度の大きさで「礒蕉村 産業観光課 東京支局」と書かれていた。俺の声に、カウンターの向こうの机に座っていた、男が顔をあげた。男の顔は、明らかにギクッ!とし、俺の顔を知っている反応をしめした。
「すいません。ルポライターの不遠田というものなんですが、取材させていただけませんでしょうか?」
あきらかに男の顔に動揺が走っていた。 「ええ、たまたま知人に、こちらの話を聞きましてね。興味が沸いたもんですから・・・。少しお話、よろしいですか?」 男は懸命に平静を装っていた。 「何をお知りになりたんですか?村は伐採と少しの工芸品しかない、しがない小さな村です。少しでも木材の取引先を開拓できればと、ココに役場から出向しておるんです。それ以外なにもないし、おもしろくもなんともない村ですよ。」 「いや、それだからこそ面白いんですよ。失礼ですが、そんな村があること事体、我々には新鮮なことです。いろいろ取材したいので、その材木をおろしているところなんかも教えていただけますか?」 「えーーっとですね、あんまり多いわけではないんですが、A社とB社と・・・」
人間、何かを隠そうとあせればあせるほど、饒舌になるものである。取材など断ればいいものを、怪しまれまいとペラペラ喋るものだ。 あくまでもルポーライターを装って、くだらないことを尋ね続けた。 「どんなものをお作りになってるんですか?」 「ええ?ああ、ギ・・・机とかタンスとかです。」
「もしもし・・・」
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「暮市から連絡があったよ。不連続殺人か・・・。面白い!実に面白い!」 後藤は俺に背をむけながら、キーボードを叩いていた。 「おいおい、人が1人死んでるんだゼ。めったなことは言わんでくれよ。」 後藤がクルッと椅子を回して振り向いた。 「すまん、すまん、つい・・・。おおー、教授もご到着のようだ。」 警備用モニターに、江尾本の姿が映し出されている。 「やー教授、お待ちしておりました。こちらにどうぞ。」 江尾本が部屋をノックしようとした瞬間、ドアが開いたのだ。江尾本は目を丸くして、狐につままれたようだ。部屋の中に招き入れられ、江尾本はキョトンとしていた。 「ところで教授。これに見覚えは?」 後藤がディスプレイを指差した。 「あっ!!」 江尾本は絶句した。盗まれたはずの、自分パソコンの画面が表示されているのだ。そこに映し出されているのは、江尾本が自分で撮った写真の壁紙である。他のどこにもあるはずがなかった。 「これは・・・」 江尾本の絶句が、疑問符に変わった。 「お宅の大学に、鯨津(げいつ)教授がおられますよね?」 「ええ。」 「そちらの大学の名前を聞いて、ピンときました。鯨津教授の新型スーパー・コンピューターが動いてますよね?」 「はい。」 「いったいどういうことなんだ、後藤。いや、後藤課長。」 俺の問いに、後藤は嬉そうだった。 「いや、ワリイ、ワリイ。手短に言うとこの鯨津教授は、俺の先生なんだ。いや、世界中のハッカーの・・・って言ったほうがいいかな。とにかくその道の人間は、誰でも鯨津教授のことを知ってる。いや、鯨津教授がハッカーってわけじゃないんだ。鯨津教授は世界有数のプログラマーなんだよ。とにかく、面白い人なんだ。」 「鯨津教授って・・・あの有名な鯨津ビルの鯨津か?」 後藤は続けた。 「そうそう、世界一難攻不落の鯨津ビル。あの小さな3階建てのビルは、ビルそのものがコンピューターだと言われている。もしあそこに進入できれば、ハッカーの世界では免許皆伝ってなもんだ。そちらの大学は、その鯨津教授のコンピューターが入っている。」 「だから・・・なんなんですか?」 江尾本には???が飛び交っていた。
「まあ、簡単に言えば、そちらのコンピューターでは、みなさんが知らないプログラムが、多数動いてるってことなんです。私も時々そちらのコンピューターにお邪魔して、覗いていたんです。」 江尾本のトンチンカンな受け答えに、後藤は大きい声で笑った。 「いや、これは失礼。そういうとらえ方もできるんですね。いや、すいません。そうじゃなくて、ハックしてお邪魔するんです。平たくいえば、不法侵入です。」 「えっ?」 「前々から鯨津教授は、大学にできる新型スーパー・コンピューターを我々のオアシスにするつもりだったんです。なので、あそこの中には、みんながノドから手が出るほど欲しがるような、面白いプログラムがワンサカ動いています。」 江尾本も俺も、狐に化かされているようだ。 「まあ、細かい点は置いといて。とりあえずその中に・・・」 椅子をクルッと回して、後藤はディスプレイの方を向き、マウスをクリックした。そこにはいつも見慣れた検索サイト、ゴーグルの画面があった。 「鯨津教授は今、コイツの数百倍の能力をもった、検索プログラムを作ろうとしています。おたくの大学のスパコンなら、十分可能です。そしてそれの研究を、我々と行っていました。それは、何があろうと、ネットで繋がっているパソコンのデーターを根こそぎ拾ってきて、分析・暗号化し、その蓄積によって、膨大なデーターを処理しようというものです。」 2人は、ポカーンと口を開いていた。 「まあ世間でいう、検索ロボットの高速なヤツだと思っていただいて間違いない。ただしその能力は、数百倍。その実験を、現在行っている最中でした。」 2人はあっけにとられていた。 「まあとりあえず、大学内につながれているパソコンのデーターは、教授、あなたが最後に押していったスイッチで、すべてスパコンに取り込まれた訳です。なので・・・すべてがスパコンに保存されていました。すごいプログラムですねえ。復元するだけで、教授のパソコンが、そのまま復元されました。」 また後藤がキーを叩くと、江尾本のパソコンの画面が表示された。 「素晴らしい!江尾本教授、あなたの研究は、たいへん素晴らしい。世界平和に大いに役立つものです。申し訳ないですが、中は見せていただきました。それと・・・くだんのマホガニーのデーターもいただきました。」 また後藤がキーを叩くと、マホガニーの木の写真や、データーが表示された。 「それでですねー、5分ほど待っていただけますか?その間にコーヒーでも。」 後藤が立ち上がって、コーヒーを煎れ始めた。 「後藤、なんなんだよ、これ?」 「まあ、あせらずに。お砂糖はいれますか?」 悠然と後藤はコーヒーを用意していた。2人の前にコーヒーが置かれると、パソコンからピッピッピッと音が聞こえた。 「ああ、繋がった、繋がった。」 後藤はまた、ディスプレイに向かった。 「何が、繋がったんだよ?」 「偵察衛星!」 後藤はこともなげに言い放った。 「偵察衛星?」 「正確にはUSA G2.1U。通称ZOOMと呼ばれているやつだ。コイツは地上5cm角までなら、認識できる。アメリカ・ナンバー・ワンじゃないけどな。ナンバー・ワンはGT−10。通称BOSSって呼ばれてるやつさ。あれは地上2cm角まで認識できる。今回はZOOMでも、なにも問題ない。」 「なんでこれが・・・」 「動いてるかって?ハックに決まってんだろ。こいつを借りるには、時間1万ドルかかるんだ。そんな予算は、署にはない。ただ世界で唯一、鯨津教授だけは、自由に使うことが許されてるんだ。鯨津教授に訳を話して、ちょっと借りたのさ。」 後藤は続けた。 「あの鯨津ビル、誰が金出してると思う?いくらなんでも、大学教授にあの施設はムリだ。なりは小さいが、世界最高峰のハイテク・ビルだからな。あのビルに出資しているのはアメリカだ。」 「CIAか?」 「もっと上だ。」 こともなげに後藤は言った。CIAより上っていったら・・・合衆国政府? 「日本はバカだからな。ああいったものに、金は出さん。二番じゃダメなのかって、トンチンカンなことを言う国だからな。アメリカはああいった情報戦の最先端技術には、いくらでも金をだす。鯨津教授が何をやっているのか、唯一の理解者だな、我々を除いて。ああ・・・出た、出た。」 そこには、緑の山が写っていた。 「貰ったGPSの位置はこのへんだ。ああ、村らしきものがある。人が歩いているぞ。」 確かにそこには、家や人が映っている。 「これが例の村の映像だ。ここにだなあ、江尾本教授が分析してくれた、マホガニーのデーターを入れて・・・っと。」 後藤がカチャカチャ、キーを叩いた。 「ホイ!これでどうだ!」 ディスプレイの中、映し出されている山の斜面が、パッと赤く染まった。 「江尾本教授、あなたの分析は素晴らしい。この赤く染まっている樹木は・・・、マホガニーだ。」 「!」
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江尾本と後藤は、ディスプレイに表示されているものに、次々データーを入れて歓声を上げている。まるでオモチャを手にした子供のようだ。後藤にかかれば、偵察衛星も、ただのオモチャに過ぎない。
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「レオーっ!いるーーーーっ??」 けたたましい声が、階段の下から上がってきた。地獄から這い上がってきた悪魔、いや、小悪魔の声だ。声の主と共に開けられたドアの音は、まるでパイステのドラのように、頭の中に鳴り響いいた。 「レオーー!なんだー、いるんじゃない!?見て!見て!ギター、買ったんだよ!」 ドンと置かれたケースを、真奈美は勢い良く開けた。開けたはいいが、俺の目は開かない。頭はまだ、ソファーにロープで縛り付けられてるようだ。 「ホラッ!レオったら、起きてっ!ホラッ!チューしたげるから!」 俺の唇の上に、ナメクジが落ちてきたようだ。最近のナメクジは、ミルクの味がする。 「お酒クサーーーイッ!!」 当たり前である。ついさっきまで、お酒が友人だったのだ。ちなみに今は、ソファーが友人だ。 「とりあえず・・・水と・・・コーヒー・・・」 それだけ言うと、俺の記憶はコト切れた。真奈美がコーヒーをいれている間、俺は遠い世界に旅立ったのである。 「ハイッ!コーヒーとお水!レオちゃ〜〜〜ん、おっきしてださ〜〜〜い。」 俺は重い頭をなんとか持ち上げて、コップの水を頭にかけた。水は頭の分、コーヒーは体の分だ。 「まっ、なんてコトするの〜〜?!シャワーなら、一緒に入ってあげるのに〜〜ウッフ〜〜〜ン。」 俺はまだ「エンコウ」で新聞に載るつもりはない。次に載る時は、死亡記事と決めている。起き上がった上半身を捻って、なんとかコーヒーまではたどりついた。あとはそれを口に運ぶだけである。 「ホラッ!見て!見て!ギター、買ったんだよ!カワイイでしょーー?ケイランの優衣ちゃんと同じだよ!」 ケイラン?鶏卵?卵?それは、異次元の世界のことか? 「レオ、知らないのーー?慶蘭高校軽音楽部。アニメよ、ア・ニ・メ!!」 そんな学校、横浜にあったっけ?卵を生む女子高生がいるのか? 「そのね、主人公の優衣ちゃんと同んなじギター。レスポールだよ。ギブソンじゃないケド。」 たしかにヘッドにはフォトジャーニーと書いてある。いわゆる廉価版メーカーだ。 「でも、カワイイでしょ〜!?」 確かに見た目はキレイである。ぱっと見たぐらいでは、廉価版とはわからないだろう。やっとのことで俺はソファーに体を起こした。真奈美はどっかりと俺の隣に腰を降ろした。おおきいケツだなあ〜と言いかけて止めた。セクハラは禁物だ。褒めると、脱ぐクセがある。 「ほんとはね、コレが欲しかったんだけど、こんなの高くて買えないでしょー?だからね、優衣ちゃんと同じのにしたの。」 真奈美が見せた音楽雑誌には、美しいレスポールの写真があった。 「ん?!」 俺は、目が覚めた。オレンジ・ドロップがなお退色してゴールドの輝き。見たことないような美しいキルト。「カスタム・ショップ」の名前で、かなり高額な商品だ。いや、あの「写真」にそっくりである。 「コレ、スッゴイきれーじゃない?」 雑誌を真奈美から受け取り、俺は写真を見つめていた。ふとあることに気付いて、俺は真奈美のほうを見た。 「そういえば・・・真奈美・・・、お前、ギター・・・弾けたっけ?」
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小悪魔という嵐が過ぎ去って、俺は重い腰を上げ、馬車道に向かっていた。横浜は歩くに限る。歩けば、そこかしこに「横浜」があるのだ。歩かなければ、ランドマーク・タワーが見えるだけである。 「いつもの・・・」 とでも言えばカッコイイのだろうが、何も言わなくても、俺のメニューは出てくるのである。厚めのガリガリのオニオン、分厚いトマト、重なったレタス。肉は隠れて見えない。それをコーラで流し込み、タバコに火をつけると、コーヒーが出てくる。何度来ても、このタイミングは同じだ。マスターには、タイマーが付いてるらしい。 「マスター、なんかわかったかい?」 マスターはパイプに火を付けようとしていた。パイプに火が付くまで、俺は待った。 「お前さんの考えで、ビンゴだ。あのレスポールも、そこが出処らしい。」 「やっぱり、そうか・・・」 「ああ、送られてくるのは、それなりのギターなんだが、あいつではなかった。どこかで、すり替えるってことだな。金は勿論、正規に振り込んでる。普通はホンモノをニセモノにすり替えるんだが、ニセモノをホンモノにすり替えるんだから、誰も気が付くはずがない。」 「ずっとか?」 「ああ、ずっとだ。トップ・シークレットとして、申し送りされてるらしい。ほんの一部の人間しか知らないことだ。日本ギブソンの社長のほとんどは、アメリカ人だしな。」 「サンキュー、マスター。」 「老婆心で言うんだが、今度の相手は・・・手ごわいぞ。俺のとこにも、相当邪魔がはいった。気をつけな!」 俺は1万円札を10枚ばかりコーヒー皿の下に入れ、いっきにコーヒーを飲み干した。日本一高いバーガー・ショップだが、日本一頼りになる。ついでに、日本一うまい。俺の主食である。 とりあえず戦いの前には、この世に名残を残さぬよう、こっちの一戦も大事だ。氷川丸を横目に、俺はバンドウ・ホテルに向かった。小悪魔が火をつけていったところが・・・熱い。
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「そこまでにしてもらえないかなあ?」 真夜中の不遠田探偵事務所の中には、灯もつけずに捜し物している人がいるのだ。 「おっと、動かないでくれる?争いごとは好きじゃないんだ。これ以上事務所が汚れると、ここを追い出されかねん。」 パチッと電灯をつけると、黒装束に目だし帽をかぶった、ガタイのいい男が振り向いた。 「俺の後ろには、警部が待ち構えている。無駄な争いはしたくない。それに・・・髭が生えてたほうがいい男だったなあ、久礼間さん。」 男はゆっくり目だし帽をとった。そこには産業観光課にいた男、髭をそった久礼間の顔があった。 「あんたには、黙秘権がある。といっても、殺人罪付きのだがな。おとなしくしてもらえるか?」 俺の横をすり抜けた暮市警部が、手錠をかけようとするとはじめて抵抗した。 「待って下さい!」 後ろから、透きとおるような女性の声が聞こえた。振り向いた俺達の目に、金髪の美しい女性が飛び込んできた。 「待って下さい。抵抗してはなりません。おとなしくしなさい。すいません、すべて私の責任です。すべて・・・すべて、お話します。抵抗も致しません。お願いですので、私の話を聞いて下さい!」 静かだが、力強くローラは言い放った。流暢な日本語、いや、日本人そのものの喋り方である。 「もう、逃げも隠れもいたしません。お願いですので、私の話を聞いて下さい。今・・・迎えの車がきます。お話を聞いていただいたあと、警察にまいります。」 ローラは有無を言わせぬ力強さで、私たちをいざなった。階段を降りるとそこにはリムジンがまっていた。私たちは乞われるままに、車に乗り込んだ。車に乗る瞬間に見えた、車の前方に付いていた旗は・・・星条旗である。アメリカ大使館のリムジンである。 後藤がおどけてみせた。無州も東海もいた。 「まな板の鯉状態だ。まっ、虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってな。」 「どうも、揃ってご招待らしいです。」 あきらめ顔で、東海が笑った。 「レオが絡むと、ロクなこたあーねえーな。」 無州がブスッとしていた。 「どうぞ、お掛け下さい。あなた達はさがっていなさい。お話は私がいたします。」 久礼間は何か言いかけたが、ローラの視線に気おされて、そのまま引下った。 「不遠田さん、そして無州署長、暮市警部、後藤課長、東海主任、でしたわね。今回のことについては、すべて私に責任があります。他の者達は、すべて私の命令で動いただけです。氏江さんには、大変申し訳ないことを致しました。当家で、今後一切の責任をとらせていただきます。司法の裁きについては、すべて私が受ける所存です。」 どうやらここで始末されることは無いらしい。 「とにかく、すべてお話いただけますか?すべては・・・それからです。」 思いつめたように、一瞬ローラはためらってから口を開いた。 「長くなると思いますが、よろしいですか?」 ローラが机の上の小さなベル・チャイムを鳴らすと、お茶が運ばれてきた。メイドが部屋から出ると、ローラは重い口を開いた。 「みなさんは、松尾芭蕉をご存知ですか?」
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それはあまりに意表を突いた言葉だった。殺人が絡む事件の告白の幕開けが、いきなり「松尾芭蕉」である。あっけにとられる、まさにこの言葉以外、思いつかなかった。中華料理を喰いに行って、一品目に茶碗蒸しがでてきたような、強烈なカウンター・パンチであった。 「こんな唐突な話、無理もありませんよね。でも、知って頂く必要があるんです。すべては・・・それからです。」 ローラは重厚なデスクに座った。 「松尾芭蕉、スパイ説って、お聞きになったこと、ございません?」 「ああ、僕は何かの本で読んだことがあります。」 東海が僕という時は、興奮している時だ。 「正確に言うと、スパイではなく、諜報機関なんです。松尾芭蕉という名は、今で言う007みたいなものなのです。始まりは1600年頃、幕府に設立された諜報機関でした。みなさんもご存知かと思いますが、松尾芭蕉の『奥の細道』に関しては、つじつまのあわないところが、沢山ございます。それはあたりまえなんですね。何人もの『松尾芭蕉』がいて、全国で活動していたんです。だから、漏れ聞こえる話だけを繋ぎ合わせると、当然不自然なところが出てきます。私たちの祖先も、その『松尾芭蕉』でした。」 全員が、ローラの話に聞き入っていた。 「1800年頃、ペリーの黒船が来た時。『松尾芭蕉』とその弟子が1組、アメリカに渡ったんです。それが、私たちの祖先でした。『松尾芭蕉』の弟子、有名なのは『曾良』となっていますが、これも総称です。私たちの祖先は『礒田湖竜斎』といい、江戸の浮世絵師でした。元々、情報を集めるという名目でアメリカに参りましたが、2人はあっというまに、現地の人々に溶け込んだんだそうです。そしてついに現地で結婚するまでに至ったんです。その時2人が結婚したのが、『ギブソン家』の次女・三女でした。私は見てわかりますように、アメリカ人です。私は『ギブソン家』の長女の直系の子孫であり、『松尾芭蕉』−これが久礼間家、そして『礒田湖竜斎』が、太田家です。」 誰も微動だにしなかった。 「そして彼らは持ち前の能力−諜報活動を、『ギブソン家』を通じ、いくつかの家にもたらしました。その活動の尽力により、それらの家はあっというまに巨万の富を成し、一大財閥となります。それはのちに、合衆国をも動かせる力を持つようになりました。」 「それは・・・ロック・・・」 「その名前は、お出しにならないほうが、良いと存じます。」 後藤が言いかけたことを、ローラがぴしゃっと止めた。そして静かに続けた。 「その後も彼ら『松尾芭蕉』『礒田湖竜斎』、当時はすでにギブソンを名乗っておりましたが、彼らの尽力により、次々と巨大財閥が名乗りをあげました。そしてそのすべては、ギブソン家を通じ、ファミリーとなったわけです。これが、私たちの祖先の話です。」 「四大メジャーまでが・・・」 ローラは咳払いをし、後藤に言葉を慎むよう、うながした。 「そんな中で、久礼間家・太田家の人間で、日本に住みたいという者が出て参りました。やはり『血』なのでしょうね。久礼間家・太田家の直系の血筋は日本にもあるわけです。『松尾芭蕉』『礒田湖竜斎』とも、子供を日本に残しておりましたし。2人は何度も秘密裏に、日本に戻っておりました。彼らの組織そのものは徳川家に仕えておりましたが、2人はそれにあまり乗り気ではなかったようです。すでにアメリカでの生活が主になっておりました。そこで我々はファミリーの力を借り、今回問題になった山奥に、ひそかに村を作り、そこで生活できるようにしました。それが『礒蕉村』なのです。お気付きかと思いますが、『礒蕉村』の名前の由来は、礒田の礒、芭蕉の蕉、を二つ併せ・・・『ギブソン』と読めるようにしたのでございます。」 「なっ!!!」 その場にいる全員が、絶句した。 「与えられた村に、大方の久礼間家・太田家の人が移り住み、そしてギブソン家からもこの地にすむ者がおりました。幸い人里はなれた山の中です。当時珍しかった異人がいても、なんの問題もありません。今回のことの発端となった木については、偶然のことなのです。誰かが植えたんでしょう。それがたまたまここの条件に合致し、山をなしただけでございます。その後、この木が使えるようになるとは、誰も思っておりませんでした。この木に気がついたのは、私のおじい様にあたるオーヴィルなのでございます。」 「オーヴィル???オーヴィル・ギブソンか?」 「はい。私たちはファミリーの力によって、なんの不自由もなく暮らせます。私たちのファミリーの力は・・・ご存知のように、世界をも動かします。日本においても、恐れ多くも天皇陛下様と御近づきとさせていただき、静かに暮らすにいたっておりました。久礼間家は表に出ることを嫌いましたが、太田家は我がファミリーの代表として、日本の経済界の末端を汚させていただいております。」 「それで太田家を調べても、何も出てこないのか・・・」 俺は氏江のことを思い出した。 「もうお判りだと思いますが、当家はあの『ギブソン』でございます。戦前から、いえ、日本では明治でございますね。楽器を作りはじめましたが、正式に『ギブソン・ギター』となった時は、もうオーヴィルは身を引きました。オーヴィルは我が一族の人間です。金や会社に執着があるわけではございません。会社を人に任せると、自分は日本に・・・ここ『礒蕉村』に来ていたのでございます。」 「えっ?オーヴィルが日本に?」 俺は椅子から飛び上がりそうになった。 「はい。オーヴィルは純粋に、ギターを作りたかったのでございましょう。密かに海を渡って、この地に住み着き、ギターを作りはじめ、あの山を発見するに至りました。そして他界するまで、ずっとこの地におりました。」 誰も、二の句がつげなかった。 「そしてその時に、久礼間家の人間にギター製作を教えたのでございます。あの山の木で作るギターは、それはもう美しいものでした。納得できるものが出来上がると、オーヴィルはアメリカに送っていたのでございます。」 「それが・・・カスタム・ショップか・・・」 「正確には、カスタム・ショップのはしりでございます。オーヴィルも久礼間家の人間も、一切注文というものを受け付けません。すべては、自分たちが納得するため。あの村の3分の2の人間は、なんらかの形で、ギター製作を行っています。また、山にあった木。元々はいろいろなところにあったものなのでしょうが、日本の土壌で育つうちに、独特のものになってまいりました。それは、世界に類を見ない、美しいものです。私たちは今までも、そしてこれからも、ずっとこのまま暮らすつもりでおりました。ところが・・・」 「氏江が見つけてしまったんだな・・・」 暮市が、ボソッっとつぶやいた。 「はい。最初は・・・そのままにと・・・監視することだけにしておりました。ところが・・・またすぐ・・・私たちのことを、調べ始めたのでございます。いえ、調べて出るようなものではございませんが、氏江様は直接、山のほうでお調べになられておりまして・・・。これをされると、正直、隠しようがございません。山は、今では私たちにとって大事なものです。山の一つや二つ、消すことは簡単ですが、この地には・・・私たちの多くの祖先と、オーヴィルが眠っております。」 「山を消すって・・・」 その強大な力をサラッと口にするローラに、東海は青くなっていた。 「私は、正直に話すべきだと思いました。話してわからない方とも、思えませんでした。太田から本国のファミリーと連絡をとっているうちに、あまりにも核心に近づきすぎたと感じた久礼間が・・・。彼は礼二と申します。恐れを抱いた礼二が、山で氏江様と争い・・・。早まったことをしてくれたものです。あと少し待ってくれれば、私たちは不遠田様に、コンタクトを取れたはずなのです。レンが・・・工場長のレン・ファーガソンが、不遠田様のことをご存知でした。」 レン、懐かしい名前だ。ナッシュビルの工場で、俺にレスポールを教えてくれた大恩人だ。 「ただそれが私に届いた時は、すでに遅かったんです。私達は地下に潜った礼二達を見つけられず、しょうがなく・・・ファミリーの力をお借りするに至りました。これ以上、礼二達に罪を犯させないためとはいえ、皆様を不安にさせてしまったことを、お詫びもうしあげます。あと少し、いえ、あと1日早く不遠田様にご連絡が取れれば・・・氏江様をあのような目には・・・。そのことに関し、すべてわたしが責任をとることは、ファミリーに伝えてあります。礼二達も、司法の手に身をゆだねる所存でございます。ただ・・・」 「村のことを内緒にして欲しい、ってか。」 後藤は、つぶやいた。
「それは、身勝手過ぎやしないかい?ローラ姫。あんた達が何者で、何をどうしたのかは知らない。俺には関係ないしな。でも、あんた達は、自分の身を守るために、人を一人、殺したんだぜ?わかるかい?。ふざけんなよ!。人の命より大事なものって、なんだ?金か?地位か?名声か?自分自身か?言ってみろよ!!」 ローラーは目に涙をいっぱい溜めていた。 「言ってみろよ!!」 後藤が珍しく、本当に珍しく声を荒げた。ローラはワーッと机にひれ伏して泣いた。 「そうだよ、お姫様。とりすましてんじゃねえーよ。泣けよ!!泣いて、氏江の奥さんに謝って来い!すべては、それからだろ!。おい、無州!暮市!東海!帰るゾ!!」 後藤はそういって、席を立った。 「レオ・・・その後・・・自分達だけで・・・、自首させろ・・・。俺たちは、帰る。」 俺は、後藤の優しさに、右手をあげて合図した。それは・・・俺たちの、エンディングに入る合図だ。
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次の日の朝、ローラと礼二、あと2人が横浜中央警察署に自首してきた。身柄はすぐに、県警に引き渡された。主だった事件が、山で起きていたこと。そして、その後の事件が大きくなかったことが幸いし、事件が大々的に報道されることはなかった。もちろん・・・その筋の力も・・・働いたことだろう。あれから1週間。俺は、抜け殻のようになっていた。
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「ごめんくださいませ。」 ノックと共に、初老の紳士、いや絵に描いたような背の高い執事が、俺の事務所にやってきた。 「不遠田様は、ご在宅でございましょうか?」 「不遠田は俺だが・・・あんたは・・・。」 俺はソファーから起き上がって、男を見上げた。 「主人の使いで参りました、執事のポール・ジョーンズと申します。この度の不遠田様、及びご友人のご尽力により、我がファミリーのために力をお貸しいただけたことにつきまして、お礼を申し述べに参りました。つきましては、友情の証として、主人より不遠田様に、コチラをお届けするように申し付かり、持参して参りました。」 男は勝手にテーブルの上に、ギター・ケースを置いた。パカッと開けると、そこには見事なレスポールがあった。見事ではあるのだが・・・妙なギターだ。金色のピックガードの上に、建国記念モデルのように、アメリカ合衆国の地図が、キラキラ輝いている。ぴかぴかに新しいのだが・・・オールドにも見える。 「これは・・・」 「これは我がファミリーの友情の証。モデル・ナンバー6。1951年製、製造番号6番の、由緒あるモノでございます。5番までは、我がファミリー御当主様方の所有となっております。世界で6人目のファミリーの証、でございます。ちなみにこのピックガード、純金のプレートに50のダイヤ。全30カラット分があしらってございます。世界で最も古く、もっとも美しいギターといわれております。」 「なんだよ、その6番目って?」 「5人の主人の名前、お聞きになりたいですか?」 「うううん、いい。聞かなくていい。」 「それは、懸命なご判断でございます。」 「こんなもん、俺はいらねえーよ。」 「いいえ、それはなりません。不遠田様がお受け取りになるまで、私はずっとここに通うことになります。不遠田様がお受け取りになるまで、私は帰ることが出来ないのでございます。」 「そんなこといったって・・・」 「いいえ、これを不遠田様がお受け取りになっても、何も変わることはございません。不遠田様のお側に置いていただければ結構です。単なるお守りと考えていただいて結構です。主人5人よりの、心からの友情の証でございます。他意はございません。」 「しかしなあ〜」 「良いではございませんか。友人が増えるのは、良いことでございます。たった5人、友人が増えるだけでございます。不遠田様であれば、ドーンと大きな裁量で、友人として迎えてくれると主人は申しておりました。なにとぞ、お納め下さい。」 「わかった。とりあえず・・・預かればいいんだな。」 「ありがとうございます。これで私も心おきなくアメリ・・・、いえ、なんでもございません。」 「まあ、いいさ。友人達によろしく伝えてくれ。」 「ありがとうございます。主人達も喜ぶと思います。それではこれで、失礼いたします。」 男は深々と頭を下げると、部屋を出ようとして、クルッと振り返った。 「ひとつ・・・」 「うん?」 「ひとつだけ、よろしゅうございますか?」 「なに?」 男は俺の耳に口をよせて・・・ 「主人には内緒なんですが・・・そのピックガード、趣味が悪うございますよね?」 男はウィンクしながら手を振って、階段を下りていった。
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「何?いまの?」 入れ替わりに小悪魔が入ってきた。 「うん?」 俺は真奈美を見た。 「すっごい、でっかい車に乗ってたよ。かっこいいーの。ドアにさあ、ロッシントン・コリンズ・バンドみたいな、丸い金色の鷲のマークがはいってんの。私もあのステッカー、ほしー!!」 俺は小悪魔に、常識がないことに感謝した。 「メシでも、喰いに行くか?!」 「ウン!私ねえ・・・」 小悪魔の囁きが聞きながら・・・ ・・・金色の鷲のマークは、ロッシントン・コリンズ・バンドか・・・ 俺は笑いながら、通りに出た。 |
この物語はフィクションです。実際の事象・人物・団体名・事件・地名・建築物その他の固有名詞や現象などとは一切関係がございません。何かに似ていたとしても、それはたまたま偶然です。他人のそら似、自分のつくだ煮です。 この物語の中で両社にかかる事象は、すべてフィクションです。歴史上の人物に良く似た名前がありますが、こちらに記されている内容につきましても、真っ赤なフィクションです。事実と思われる記述は、ひとつもございません。 |