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ギター殺人事件三部作 完結編


ストラトキャスター バラバラ殺人事件


俺の名前は、不遠田レオ(ふえんだれお)。ここ横浜で、探偵をしている。なんで探偵なのか、と言われても答えようがない。なぜ横浜なのかと言えば、生まれ育った街だからだ。それ以外、たいした理由はない。横浜に住んでいると、横浜人としてのプライドが生まれる。様々な文化の発祥の地だ。「クリーニング発祥の地」であることは有名だ。そして「横浜市歌」を歌えるのも、横浜人としてのプライドだ。酔っ払って「市歌」を歌う人種など、他では出会ったことがない。しいて言えば、アメリカ人気質に似ている。地元に対する執着心が強いのだ。新しい「市旗」も気に入っている。

 

「ねえ〜、ちょっと、レオったら・・・。 ちゃんと、聞いてる?」

寝起きの俺の耳元で、小悪魔がわめいている。何が悔しくて日曜の朝っぱらから、俺の事務所でがなりたてているのか。まだ仮面ライダー・ダブルが始まったばかりの時間だ。

「ちょっとお〜、ホントにたいへんなんだからあ〜。 真剣にきいてよお〜。」

小悪魔の声より、事務所の下の喫茶店「シャーベル」から届く、日曜モーニング・セットのアップル・パイの甘い匂いのほうが気になる。「シャーベル」のアップル・パイは、とにかく絶品である。不思議なことに、あのサクサクしたパイ生地が、崩れることなく口におさまるのだ。普段は甘いものなど口にしないハードボイルドな俺だが、このアップル・パイだけは別だ。

「でさあ、ねえねえ、ちゃんと聞いる?! 友達のギターがね・・・。」

とにかく、その話の趣旨だけは、寝起きの頭でもなんとかわかった。
まず真奈美の友達のギターが、何人か連続して盗まれたこと。そしてそれが「安物」、いわゆる廉価版のストラトばっかりだということ。それだけをキチンと話してくれれば用は済むのだが、真奈美の話、いや最近のコ達の会話は、前後が長く、間延びしている。会話の中にまで「絵文字」がいっぱい、挟まっているようだ。俺なんかは「!」「?」「・・・」、コレぐらいしか会話のマークは使わない。いや俺の場合、ほとんどこの3つで会話しているといってもいいだろう。口数が少ないのは、男の美学だ。

「だからあ〜犯人、みつけてよお〜。 報酬は・・・このカラダでどう? ウッフ〜〜〜ン」

それでは犯人を見つけたあと、俺が犯人になることになる。どうせ新聞に載るなら、もっとドデカイことで載りたい。乗って載るなら、飲むなら乗るな、である。だいぶ、頭が回転しはじめたようだ。

「ちょっとーー、真奈美ーーー!。 ケーキ届けに行ってくれるーー?」

階段の下から、小悪魔の元締めの声がする。

「ふん、今いいとこなのにい〜。 うるさいんだからオネエちゃんたら〜・・・」

「真奈美〜〜〜??」

「ハーイ!今行きマーース。 じゃあレオ、お願い!。頼んだわよ!」

そう言いながら、ふんわりした短いスカートの裾を翻して、小悪魔は出て行った。ソファーで寝ている俺の横に、極端に短いミニスカートで立っていれば当然・・・かわいらしいものがスカートの中から覗く。本人は全然気にしてないようだが・・・見えなかったことにしておこう。そうしないと・・・。

「もう、朝っぱらから、ナニ? あのコ。 どうしたの?レオ。 あのコ、また、へんなこと言ってきたの?」

そう言いながら小悪魔の元締め。いや、そんなことを言ってはいけない。下の喫茶店「シャーベル」の看板娘・・・娘はちょっと言いすぎか。看板オネーサン兼パティシエ兼オーナーの小百合が入ってきた。ちなみに・・・この事務所の大家さんであり、このビルのオーナーでもある。小百合は小さなお盆に、コーヒーとアップルパイを乗せてきた。

「ごめんねえ〜、こんなに朝早く。あのコったら、なに騒いでんだか、まったくもう。で、なんの話だったの?」

俺がまだ寝ているソファの隙間に腰を下ろし、テーブルの上を片付けながら小百合は話かけてきた。俺とソファーの隙間に入れるにはちょっと大きすぎる物体だが・・・少し腹を引っ込めて、なんとか対応しよう。それが店子の努めである。逆らうと、キビシイ「おつとめ」が待っている。とにかく俺は真奈美の話をかいつまんで、小百合に伝えた。

「そう、そんな話だったの。ふう〜ん。でもそれじゃ、お金にならないわよねえ。依頼人があのコじゃ。」

「いや、体で払ってくれるそうだ。」

冗談で言ったつもりだったが、小悪魔の元締めの顔が、地獄の閻魔大魔王の目になっていた。

「レオ〜、あんた・・・まさか・・・」


「冗談だよ、ジョーーーダン!」

「ほんとにい〜〜〜? なら、いいんだけど。そうだ!、私が依頼人になってあげる。依頼料は、未払いの先月と先々月の家賃でどう?」

どうにも閻魔様の目がギラギラしている。

「それとお〜・・・コッチのほうで・・・・。 あら?元気ねえ?」

「ん?いや・・・、まあ・・・、起きたばっかりだから・・・」

どうもこのまま閻魔様に、下の舌を抜かれるようだ。日曜の朝から「おつとめ」なのか・・・

「ほんとにい〜?? 真奈美に手を出したら、承知しないわよ〜。」

まあ、「俺」が元気な理由が、さっきチラッとみえた白いものが原因だなどとは、口が裂けても言えない。言えば上の舌も、下の舌も抜かれることになる。ここはさりげなく、「おつとめ」に雪崩れ込むのが、得策か・・・。ただ・・・先にアップルパイを食べたかったのだが・・・。

 

 

「こんにちはーー!」

「おお〜健一クン、いらっしゃい。」

「やっと今月のお小遣いが出たんで、弦を買いにきました。」

「ああ、健一クンはダダリオだっけ? おお、そうだ、そうだ。メーカーから試供品の弦がきたんだけど、使ってみるかい?」

「ええっ?いいんですか?」

「うん、いいんだ、いんんだ。もう、この店には必要ないものだからね。」

「店長、そんなこと言わないで下さいよ。やっぱり・・・。」

「うう〜ん、これはもう決めたことだからしょうがないんだ。この店の売り上げも、今はほんとに少なくなったし。昔みたいにこんな小さなお店で、ギターが売れる時代じゃないからね。」

「なんとか続けられないんですか?」

「まあ、昔みたいにバンバン、ギターが売れれば続けられかもしれないけど・・・、現実にはね。」

「残念だなあ〜。ここがなくなっちゃったら、みんな淋しいと思いますよ。」

「まあ、そうは言っても、今はネットでギターを買う時代だからね。こんな小さな店じゃ、やってられないんだよ。」

「そうなんですか・・・」

「なに、店がなくても、君にはギターがあるじゃないか?。 お店は他にもあるし。」

「でも、あのギター・・・。 ここで買いたかったなあ〜・・・。」

二人の視線の先には、新品のフェンダー・ストラトキャスター・USAがあった。それは店長が探して探して、選びに選んだ1本。きっとこのお店の最後のお客になってくれるであろう、この健一少年のために、店長が大事にしていた1本だ。それはガラスケースの中に飾られ、じっとご主人を待っているのである。その気品に溢れた姿は、とても美しいものであった。

「健一クンがいつか買ってくれると思って、ずっととってあったものだからね。なんとかしたいとは、俺も思ってるんだけど・・・」

2人の話が途切れると、自動ドアがあいた。
 
 
 
「店長、いる?」

「ああ、不遠田さん、いらっしゃい。こんな時間にめずらしい。今日はどうしたの?」

2人の会話が長引きそうなのを健一は感じた。

「店長、また来ます。弦、ありがとうございました。」

「まいどありがとう。じゃあ、またね。」

健一は名残惜しそうに、店を出た。
 
 
 
「店長、なんかいいもの、入ってる?」

「なんか、良くないギターでも目に入りましたか?」

2人は顔を見合わせて、大きな声で笑った。

ここ、馬車道にある「星楽器」は、小さな店である。昔はよくあった「街の楽器屋さん」だ。だが、街にいるミュージシャンからの信頼は厚い。みんな、この店でギターを買って、育ってきたのだ。店長の星さんのギターに対する頑固な思いが、この店を支えてきたと言っていい。どんな有名なメーカーでも、星店長の目に適わなければ、この店には置いて貰えない。それがメーカーの一押しのギターであっても、星店長が「ギターであること」を認めなければ、仕入れて貰えないのだ。いったいこれで、どれだけのメーカー担当者が泣かされてきたことか。そのかわり、あまり有名なメーカーでなくても、星店長の目に適えば、ココでは販売される。ギリギリまで値段を落として、初心者の為に販売するのだ。安く売ることが目的ではない。「ギターがギターであること」を星店長が認めたギターを、できるだけ安く、初心者に届けたい。その思いの表れだ。だからココの店内に、悪いギターなど1本も無いのだ。みんな、星店長の検品を潜り抜け、「合格」を貰って店に並んでいる。所謂「廉価版」のメーカーのギターはここには無い。星店長曰く、

「廉価版のギターを弾けるようにすることはできるが、そうしなければいけない商品を売るのは、お客さんに失礼なこと。ウチは、ちゃんとギターとして作られたギターを、100%以上の能力を発揮できるようにして売りたい!。」

そういって、譲らない。俺達にとってはちょっと恐い、頑固なアニキ。でも、とっても頼りになるアニキだ。

「今日は、なにかあったの?」

「あっ、いや、ホラ、例のギターの盗難のこと、店長なら知ってるかと思って。」

「ああー、それを調べてるのかあ。ウチに出入りしてるコでも、2〜3人やられたみたいなんだ。他のスタジオやライブハウスで盗まれたって言ってたよ。まだ、ウチのスタジオではやられてないし、ウチの直接のお客さんは大丈夫みたいだけど。学生の間ではずいぶん話題にはなってるみたいだけど、どうも廉価版のギターばっかりなんだってね。そんな盗難なんて、聞いたことないよ。話を聞いても、なんの意味があるのか、さっぱりわかんないなあ。」

「ですよね〜。俺もそう思ってたんです。やっぱり直接、子供達に聞いてみるしかないのかな。そんな安いギターじゃ、営利目的ってこともないし、恨みにしては無差別っぽいし。犯人っていっても目的がわからないんじゃ、絞りようもなくてね。困ってるんですよ。」

「うう〜ん。目的ねえ〜。誰も得してないからねえ、これじゃあ。盗んでも1万円やそこいらのギターでは、どうしようもないし、それが何本あってもねえ。でも、恨みっていっても、なんか漠然としてるよね。」

「そう、なんか特定の、犯人にしか分からない事情がありそうなんですよね。こういった場合、得をする人間を捜すのが一番の近道なんですが、誰も得をしてないようなんです。」

「そうそう、交番のおまわりさんが、このことで、おたくは大丈夫か、って聞きにきたよ。だから警察に届けを出してるコもいるんじゃないかな。でも、1万円やそこいらでは、どれだけ調べてくれるのか、って考えたら、めんどくさいだけのような気もするんだけどねえ。」

「ところで店長、このお店なんだけど・・・」

「ああ、もうウワサが届いちゃった?。なんせ、この不況だからねえ。精一杯頑張ってはみたけど、やっぱりもう、ダメだわ。ここまで頑張ってはみたけど。今月一杯ってとこだね。幸い、従業員は他の楽器屋さんで受け入れてもらえたんで、もう心配事もないし。残念だけど・・・」

「やっぱり・・・そうだったんですか・・・」

俺は振り返って、店内を眺めた。「狭いながらも楽しい我が家」−そんな表現がピッタリの店だった。もう20年以上、ここに来ている。子供の頃、一番最初にギターを買ったのもココ。星店長に鍛えられながら、大人になってきた。まさに、この店に育てられてきたのである。「横浜ポリス」のメンバーも、みな常連だ。いったいどれだけ、ここで時間を過ごしたことだろう。そう考えると、熱いものがこみあげてくる。

「ここはお店だけど、我が家でしたからね・・・」

2人は黙って、店内を見ていた。お互いに今まであったいろんなことが、頭の中をかけめぐっていた。20年前もこうして、店長にギターの話を教わっていたのである。あれから、ずっとそうだった。

「最後に街の人達にもお礼を込めて、在庫一掃売り尽くしをやるんで、不遠田さんも来て下さい。」

そう言って、俺に小さなチラシをくれた。

「閉店セール!」

そこに書かれた文字は、涙で滲んでいるようだった。

 

 

「盗難届って、出てるの?」

俺は隣の席の暮市に話しかけた。暮市は俺と同じバンド「横浜ポリス」のベースであり、横浜中央署一課の課長である。専門は「殺し」。ちなみに「横浜ポリス」は、俺以外のメンバーは、全員警察官である。その暮市と地元の小さなお店でホッピーを飲みながら、ウダウダ話していた。

「ああ、何件か出ているらしい。まあ、窃盗だから俺の守備範囲じゃないし、ガイシャが子供なんで、少年課で受けてるようだ。ただ、被害額がどれも1万円程度なんで、あんまり人も割けんようだ。最新情報なんだが、どうも壊されているヤツが見つかったらしい。港の倉庫近辺に捨ててあったそうだ。2箇所で7台。これが写真なんだが・・・。」

捜査資料とおぼしき封筒の中から、写真を数枚出して、俺によこした。

「ご丁寧に、ネックとボディをノコギリのようなもので切断したらしい。俺が見ても・・・再起不能だな、こりゃ。」

写真の中では、ゴミのようになったストラトキャスターが折りかなっていた。ネックは12フレット近辺で真っ二つ。ボディもくびれのところでふたつに。この壊されかたでは、もう修理もできない。いや、修理などしたら、何本このギターが買えることか。まさに、2度と使えない状態で、折重なっている。

「3台と4台、2箇所で発見された。ガイシャを呼んで聞いてみたが、自分のだというコと、そうでないコがいる。ということは、届けを出してないコがまだいるようなんだ。」

「オタクでは、どう見てるんだ?」

「いや、なんとも言えんよ、これは。一応窃盗・盗難だけどな。俺はコロシが専門だし。こういうのは、わからんよ。ガキが絡むと、お手上げさ。しかし、まあ、安物とはいえ、ギターがバラバラにされてるのは、あんまりいい気持ちがしないな。人がバラバラの殺人事件だと怒りが込み上げるが、なんていうか・・・、まあ・・・、淋しい気がするよ。なんのためにこんなことをしているのか、犯人に聞いてみたいぐらいさ。」

「バラバラ・・・殺人事件・・・か・・・」

写真を見つめて、俺もなんともいえない気分になった。
 

 

昼にやっと起きた俺は、中華街に向かって歩いていた。車で行けばほんのスグだが、横浜の街は歩くに限る。街の匂いと海の匂いが同居している街だ。そして大きくハデな中華街の門をくぐると、また別なエネルギーが押し寄せてくる。中華街は、とにかくエネルギーに溢れた街だ。日本中のドコとも違う活気がある。建物もいちいち色鮮やか。大きい店も小さな店も百花繚乱。俺はそんな中華街が大好きだ。ここも「横浜」なのだと、胸をはって言える。

「不遠田さ〜〜〜ん!!」

遠くのほうから俺を見つけて、手を振るコが入る。いつも行く店、陳さんの娘の笙子ちゃんだ。真っ黒に日焼けした笙子ちゃんの笑顔は100万ドルだ。彼女は体中から、エネルギーという光を発している。笙子ちゃんの呼ぶ声に、街のみんなが振り返る。ここも勝手知ったるナントカだ。商店街は顔なじみがいっぱいいる。手を上げてくれる人、挨拶をしてくれる人。ここいいると、ホントに幸せな気分になれる。陳さんの店の前で、俺は笙子ちゃんにハグされた。これは嬉しいが・・・正直、照れる。照れるというより、笙子ちゃんの弾力のある感触を感じてしまうと、俺も弾力が出てきてしまう。

「なんかあったんですか?」

真っ黒な顔から真っ白な歯を覗かせて、彼女は笑っていた。その笑顔は、まさしく100万ドルだ。

「うん、ちょっと頼みたいことがあってね。実は・・・」

彼女にいくつか頼みごとをして、俺は元町に向かった。

 
中華街の門を出ると、すぐに元町だ。ここも俺が大好きな街だ。未だに人と車が同じ比重で歩ける。どちらが偉いわけではなく、街に溶け込むのだ。門を出た俺は、元町の通りを横切って、裏通りに入った。そこにある「ジャック&ベティ」は、俺の胃袋のひとつ。楽しいサンドイッチ屋さんだ。パンも中身も指定して作ってもらえる。野菜も肉も魚も自由に頼める。俺はしこたま具を詰めこんだサンドイッチとコーヒーをトレイに乗せ、店の一番奥に陣取った。俺が腹を満たしてタバコに火を付けた頃、店の入り口から俺の方に向かってくる少年がいた。

「不遠田さん・・・ですよね?」

そういうと彼は、1枚の紙切れを俺に突き出した。それを確かめると、俺は右手を上げて店に合図した。

「OK!サンキュー」

俺がそういうと彼は満面の笑みを浮かべ、カウンターに並んで注文しはじめた。モチロン、彼と一緒にいた友達もである。ある時は女の子が、次には男の子が、次々と俺のところにきた。みんな一様に俺にメモを渡してくる。10組も続いただろうか。ようやく途切れたようである。店の中は、俺に紙切れを渡したコ達で賑やかだ。もう俺のことなど関係なく、友達と喋り、サンドイッチをパク付いている。

俺が笙子ちゃんに頼んだのは、彼女のネットワークで、ギターを盗まれたコの情報を集めて欲しいというものだ。彼女の父である陳さんの華僑のネットワークは、ホンモノ。その情報は世界を駆け巡るものである。俗に言う・・・裏社会の情報網だ。そして娘の笙子ちゃん、さすがに蛙のコは蛙である。彼女の持つ中・高校生のネットワークは、スゴイ。ある意味、陳さんのネットワークですら入り込めないようなところまで、笙子ちゃんのアンテナが張られている。およそ横浜の「学校」で、彼女のネットワークを潜り抜けることなど不可能なぐらいに広がっている。それは、いわゆる「スケ番」などとは、まったく異なったものだ。元はと言えば、若い華僑のコの友達同士の情報交換であったものが、今では一大ネットワークが出来上がっている。さすが陳さんの娘としか言いようが無い。そして彼女はあくまでも情報局でしかなく、自分たちは何に対しても、直接手を下すことはない。彼女の友達の集めてくれた情報は、全部で18件。これがすべてなはずである。大人も警察も入り込めない子供の世界は、子供に調べてもらうのが一番だ。そして今までに発見されているのが7台。あと11台が眠っているわけだ。俺は彼らが持ってきてくれた情報をPCに打ち込み、メールにして送った。その時、俺の携帯にメールが入った。

・・・別な3台発見。B2埠頭17番倉庫。発見者確保。直ぐこられたし。笙子・・・

「合計で、2万4千380円になります。」

レジで俺が支払う金額は、すべてこの情報を集めてくれたコ達へのギャラだ。彼らはけして、大人から現金を受け取らない。俺が払うのは、いつでもこの元町のどこかの飲食代。ここや、七曜舎や、ベーカーリーの飲食代だけだ。俺が金を支払っても、彼らは何も言わない。ただおしゃべりが続いているだけだ。ただ、その胃袋の大きさには、舌を巻くばかりである。ひとりひとりはただの学生だが、数を集めて統率すれば、恐ろしい力を発揮する。

・・・敵には回したくない組織だよな・・・

そんなことを考えながら、俺は埠頭に急いだ。

 

 

B2埠頭までいくと、笙子ら数人が固まっているのが見えた。そしてその中に、オドオドしたカップルがいた。

「コイツら、倉庫でチチクリあってたらしいんです。そしたら大きな音がしてビックリして出てきたら、例のギターらしきものがあったということなんです。」

「悪いね、君達をどうこうしようっていうんじゃないんだ。その倉庫で音を聞いたとき、他に気付いたことはなかった?」

怯えている彼氏を尻目に、女の子は堂々と答えた。

「すぐに・・・ってワケにも行かなかったので・・・。服装もちょっと・・・だったし。でも、なんか、たぶんそこにいたのは、高校生ぐらいの男のコだったと思います。

「あんた、見たの?」

笙子がにらみつけた。

「ええ、チラッとだけですけど。倉庫の扉から、出ようとしてた瞬間だけですけど。見えたカンジが、かなり若いカンジでした。」

「ホラ、あんたも男ならシャキッとしなよ。あんたは見たのかい?」

笙子に怒鳴られ、男はさらに萎縮していた。

「すいません。ボクは見てないんです。服を直すのでちょっと遅れたので・・・」

「いいのかい、アンタ、こんなだらしない彼氏で?」

笙子は女の子にズバッ切り出した。

「スミマセン・・・ネエさん・・・」

女の子は彼氏をキッと睨んだ。

「まあまあ、そう言わず。悪いね邪魔して。これで気分治してくれる?」

そういって俺は男のコに1万円札を握らせた。

「そんな、いいんです、私達は。そんなことしてもらっては困ります。」

「まあ、いいじゃないか。生の情報の提供料、っていうより、このあとのホテル代ってことで。」

「不遠田さん、いいっすよ、コイツらにそんなことしなくて。」

「いいんだよ、さっ、もう行っていいよ。ありがとう。」

カップルは何度も頭を下げながら、埠頭を後にした。俺達は17番倉庫に向かった。その倉庫の中にはあの写真と同じように、バラバラになったギターが捨てられていた。リノリウムが敷かれた倉庫に、足跡などは残らない。ただ見つからないように、捨てに来ただけだと思われる。それでも誰かが倉庫に入れば、すぐに目に付く場所だ。見つからない倉庫ではあるが、見つけて欲しい。そんな感じである。ここに新たに3台。合計10台がバラバラで見つかったことになる。

・・・あと8台、バラバラにされるのか・・・

 

 

「ストラトキャスター・バラバラ殺人事件か・・・。面白い!実に面白い!」

そういって後藤はキーボードを叩いていた。後藤はここ、横浜中央署のハイテク対策課の課長。ついでに俺と同じバンド「横浜ポリス」のボーカルでもある。こういったヘンな事件を面白がるのは、いつものことだ。俺がメールで送ったデーターを元に、さらに正確な分析をして貰っている。

「レオ、当りだな。見ろよ、この地図上の点。まるっきり生活圏ってヤツだな、これは。ちょっと待ってな、女史に助言を貰おう。コーヒーでも淹れようか。」

分析データーを送信すると、立ち上がってコーヒーを淹れ始めた。10分もすると、女史がやってきた。

「レオ、あんた、このデーター、どっから持ってきたの? なんで警察も知らないデーターをあんたが持ってるの?!」

目を吊り上げて、女史が怒鳴り込んできた。通称「女史」−丸山恵子警部補、34歳、独身。少年課の大ベテランであり、少年心理プロファイラーの先駆者でもある。ひっつめに結んだ髪が目を吊り上げ、とんがったメガネをかけているため、みんなに「女史」と恐れられているのだが・・・実はメガネを外して髪を下ろすと、とても美人なのだ。なぜ、そんなことを俺が知ってるかって?それは・・・言えない。誰にも秘密である。

「しょうがないだろ、女史。蛇の道は蛇、ってなもんだよ。」

後藤は女史の前にコーヒーを置いた。

「でも、警察の倍も知ってるって、どういうこと?おまけに、まだ発見されてない現場まで知ってるなんて!」

「まあまあ、女史。落ち付いてくれよ。俺は警察とケンカしてるワケじゃないんだ。こんな小さな窃盗じゃ、俺のほうがフットワークがいいのは、しょうがないだろ?俺には、子供達とのネットワークがあるんだ。」

「じゃあ、なに?私には無いってワケ? 少年犯罪を専門にしてる私が、レオに負けるってこと?」

「お願いだから、落ち着いてくれよ、女史。ことは勝ち負けじゃないんだ。どうもビミョウなほうに話が進んでるんで、相談しに来たんだ。いざとなれば、全部女史にゲタをあずけるつもりさ。でも今は、俺のほうが、1歩も2歩も先を行ってる。そうだろ?でも、やばそうなんで、ここに来たんだ。」

「まあ、いいわ。そのことに付いては、あとからゆっくり話しましょ。あとから、ゆーーーっくりね。で、私のプロファイルが必要なのね?」

「そうなんだ。ガイシャはみんな子供。そして俺が考えるに、犯人も子供、ってことになるんだ。それで、女史の意見を聞きたいのさ。」

俺は俺の知っている情報を、すべて女史に伝えた。そして出来上がった犯行現場・発見現場をプリントアウトした地図を渡した。女史は、ジッと考えていた。俺達は静かにタバコをくゆらしていた。

「私にも、タバコをちょうだい!」

女史がタバコを吸う時は、頭がフル回転している時と・・・一戦交えた後だ。何で俺がそんなことを知っているかって?それは、口が裂けても言えない。ちなみに女史は、空手3段だ。俺はまだ、死にたくない。そんなことを考えていると、女史はものすごいスピードで、ホワイト・ボードに公式を書き始めた。それは、彼女のプロファイルが、最後の段階に入ってきた証拠だ。書いては消して、消しては書いて。そしてその手が、ピタッと止まった。彼女は、ホワイト・ボードを手のひらで、バン!と叩いた。

「犯人は・・・このコ!」

そこには、名前以外の犯人像がすべて書かれていた。学校は2校に絞り、学年は高校2年生。家は山手付近。性格から、およその背格好まで書かれている。それは、彼女の「想像」では無い。彼女に言わせれば、それが「プロファイリング」。名前以外はすべてがわかると、いつも豪語している。そして今までは、それを90%以上の確立で的中させてきた。そして・・・

「次の犯行場所は・・・ココ!。 このエリアに、スタジオかライブハウスがある?」

その言葉に、後藤がキーボードを叩いた。

「ビンゴ! ライブハウスが1件あるぜ。」

「犯行は・・・明日の夜よ。犯行は、水曜日・土曜日・日曜日。水曜日に何もなかったはずだから・・・絶対、明日!。先週の水曜日は学校で三者面談があったから、犯人は動けなかったハズだわ。だから間違いなく高校生、このどちらかの学校のコよ。それはこの犯人のすべてのパターンが指し示しているわ。犯人は絶対、子供だわ。レオ、とめて!彼にやめさせて!。」

 

 

その日の午前中には、笙子ちゃんからのレポートが届いた。今日ライブハウスに出演するバンドのメンバー表と、顔写真である。これを見ても、プロファイルに該当するヤツはいない。店が開いてリハーサルが始まるのが午後2時。本番は6時から。女史曰く、その2時から8時までの間が、犯行時間になるというのだ。店の前の駐車場に車を止め、俺はジッと楽屋の出入り口を見ていた。1時50分には最初のバンドのメンバーが到着し、2時にオーナーが店を開けた。慣れない人は知らないだろうが、わかってる人間にとって楽屋は、意外と出入りが自由である。当然、彼女を連れてくるバンドもいるし、友達がローディーをやってくれているバンドもいる。5つバンドがでると、なんだかんだで4〜50人の人の出入りがある。俺とは違う場所には、刑事が2人、張り込んでいる。彼らに期待はしてないが・・・俺に見落としがあった時の、まあ保険になってくれればいい。2時を回ると、ゾロゾロとバンドが集まってきた。
 
3時・・・4時・・・。怪しい行動をしている人間は見られない。ただ、リハーサルを終えたバンドがメシを喰いに行ったりするので、割と人の出入りは多い。笙子ちゃんのメンバー表がなければ、どいつもコイツも怪しく見えるところだった。5時を回ると、気の早いファン、まあその多くは友達だが、集まってくる。楽屋の近くまでは来るが、その入り口を知らないコのほうが多い。とりあえずは、楽屋のドアだけ見張っていれば大丈夫そうだ。

「おや? あのコは・・・」

・・・どこかで、見かけた子だ・・・そうだ・・・星楽器にいたコだ・・・

急いでメンバー表を見たが、該当するものはない。そうこうしてるうちにその少年が、楽屋口から出てきた。入っていった時は手ぶらだったのに、今はギターを肩からぶら下げている。


・・・ビンゴ! かな・・・


俺は車を降り、刑事に合図した。そのコが通りを曲がるのを見計らって、駆け足でよっていった。ところがそいつは、そこでスクーターに乗ろうとしていた。


・・・やばい!・・・


そう思った瞬間、スクーターは発車してしまった。


・・・しまった・・・


俺と刑事は、その場に立ち尽くした。普通なら交通配備ってこともあるが、こんな小さな事件ではそうも行かない。俺は刑事に署に戻るようお願いした。そして一人になったところで、携帯から電話した。

「あっ、店長ですか?不遠田です。この前俺が行った時、子供が一人いましたよね?」

「う〜ん、あっ、健一君ですか?」

「そのコの名前と学校、わかります?」

「名前は佐々木健一、横浜第3高校の2年生です。 家ですか?うーん、たしか山手のほうにだったと思います。 えっ?まさか・・・、例の事件に健一君が関係してるんですか?」

「そこまでは、まだ・・・」

「そんな、健一君が・・・まさか・・・」

「すいません。後でまた連絡します。」

俺は電話を切ると、またボタンを押した。

「あっ、笙子ちゃん?俺。もうひとつ調べて欲しいことがあるんだ。横浜第3高校の2年生で、名前は・・・」


・・・女史、ビンゴ過ぎるゼ、まったく・・・


俺は重い足取りで、事務所に向かった。

 

 

俺の事務所の前には、男の影があった。そこにいたのは、星店長だった。

「不遠田さん、健一君は・・・」

「まだ何もわかってはいません。でも、犯行を確認しました。俺が・・・目の前でやられました。」

「そんな・・・なんかの間違いじゃないのか?あんなマジメなコが・・・」

「まだ、何もわかりません。今、あのコについて調べて貰ってます。警察はまだ、何も知りません。」

「信じられない・・・」

「何が起きているのかは、俺もわかりません。ただ、あのコだ、っていうのだけは確かです。すべては・・・これから・・・です。」

二人は、だまりこくった。俺の携帯にメールの着信があった。


・・・PCにデーター送りました 笙子・・・


俺はPCのスイッチを入れ、メーラーを起動した。メールには健一の履歴書、成績表、免許証、住民票など、ありとあらゆるデーターが揃っていた。そこには、いつ彼がギターを買って、誰とバンドを組んでいるかまで、事細かに記されていた。ホントに恐るべき情報収集能力である。


・・・あとは、あたって砕けろ・・・かな・・・
  

 

夕暮れの外人墓地は、寂しい。ただ日本人のお墓と違って、怖さがない。十字架が立ち並び、小さな石室になっているものもある。そこから、コソコソ出てくる人影があった。肩には、ギターをぶら下げている。破れた金網を潜り抜けると、その影はスクーターに乗った。港の見える丘公園からずっと坂道を下り、スクーターは埠頭へと向かっていた。スクーターを尾行している車があることには、まったく気付いていないようだ。埠頭の倉庫地帯に入ると、スクーターはライトを消して走った。倉庫の一番奥まったところで、影はスクーターから降り、倉庫の中に入っていった。

 
 
「佐々木・・・健一君だね?」

懐中電灯の灯りの中でゴソゴソ動いていた影は、呼びかけられた声にビクンと反応した。

「君は・・・佐々木健一君。そうだね?」

その声と共に、あまり明るくない倉庫の電灯がついた。灯りの中には、無残にもノコギリで切られたバラバラのストラトの姿があった。健一が振り向くと、そこには不遠田の姿があった。

「あなたは・・・」

「俺は、不遠田レオ。探偵さ。君が起こした今回の騒動の調査を頼まれてね。」

健一は呆然としていた。

「君が一連のストラトキャスター・バラバラ殺人事件、おっと、これはこっちで勝手に付けた名前だが、とにかくそれの犯人であることは、昨日のライブハウスで俺が確認した。」

「そう・・・ですか・・・」

「なんで・・・こんなことしてるんだ? 俺にワケを話してくれないか?」

健一はジッと床を見つめていた。

「俺は警察じゃない。ここにも警察はいない。君を逮捕しに来たんじゃないんだ。俺は、なぜ君がこんなことをしているのか?そして君にそれをやめさせるにはどうしたらいいのか?それが俺の仕事なんだ。君がワケを話してくれないんなら・・・しょうがないけど、警察に連絡するしかないんだが・・・。」

ジッと床を見つめている健一が口を開くのを俺は待った。そしてゆっくりと健一の口が動いた。

「あなたは・・・横浜ポリスの・・・」

「そう、俺は横浜ポリスのギターだ。」

「それなら・・・ここにあるものが・・・、何に見えます?」

健一は床にバラバラになったギターを静かに指差した。

「うん? それは・・・ギターだが・・・」

「こんなのは、ギターなんかじゃない!!」

健一は大きな声で、吐き出すように叫んだ。

「こんな・・・こんな・・・安物・・・絶対・・・絶対・・ギターなんて僕は認めない!!」

そういうと、床に散らばったギターを蹴飛ばした。

「こんな・・・こんなモノを買うヤツがいるから・・・こんなもの・・・」

健一の声は涙声になっていた。

「不遠田さん!あなたもギタリストならわかるでしょ?こんなもの、こんなもの絶対ギターなんかじゃない。ギターっていうのは、ちゃんとお金を出して、ちゃんとしたものを買うから、ギターなんだ。こんなもの、ネットで買うやつがいるから・・・だから・・・」

健一は、床にヘタリこんだ。

「こんなものを買うヤツがいるから・・・だから・・・お店が・・・」

「君は・・・まさか・・・」

「コイツらがちゃんとお店でギターを買ってくれれば、お店は潰れなくて済んだんだ。コイツらがネットでこんなモノを買うから、お店が潰れたんだ。あなたも知ってるでしょ?星楽器がやめちゃうですよ?あんないい楽器屋さんが店を閉めるんですよ。みんな・・・みんな、コイツらのせいだ。コイツらがちゃんとギターを買えば、お店はやめなくて済んだんだ。コイツらのせいで・・コイツらが・・・あの楽器屋さんを潰したんだ!!」

健一は狂ったように、泣き叫んでいた。

「こんなまともじゃないもの、買うヤツが悪いんだ。なんでみんな、ちゃんとしたギターを買おうとしないんだ?!こんな・・・こんな、オモチャみたいなものなんか、みんななくなっちゃえばいいんだ。僕は、絶対、コイツらを許さない!。あんないい楽器屋さんが潰れるなって、僕は・・・僕は・・・」

「健一クン!」

俺の背後から、声が聞こえた。健一はゆっくり顔を上げた。

「てん・・・ちょう・・・?」

星店長がゆっくり歩いてきた。

「君は・・・君は・・・」

「店長は、関係ない。店長は、悪くない。みんな僕一人で考えてやったことだ。僕は・・・お店が・・・」

泣き崩れる健一の前で、店長は呆然と立ち尽くしていた。

「俺は・・・犯人が君だ!って聞いても、信じられなかった。君がなんのためにこんなことをしてるのか、わからなかった。でも・・・不遠田さんがいろいろ調べてくれて・・・。君をこんな風にしてしまって・・・」

「店長は・・・悪くない・・・。みんな僕がやったんです。店長に迷惑は掛けられないし・・・。でも僕は・・・あのお店にずっとやっててほしかった。誰だって、あのお店にくるヤツは誰だって、そう思ってるはずだ。なのに・・・なのに・・・こんなモノを買うヤツがいるんです。許せないんです。僕はコイツらが・・・」

健一は目の前にあった、切られてしまったネックを、床に叩きつけた。広い倉庫の中に、カラーンと大きな音が響いた。店長は、ゆっくり健一の横に座った。

「君の気持ちはわかる。そして君の思いは、凄くうれしい。でも、君がやったことは悪いことだ、わかるね?」

健一はゆっくりうなづいた。

「君にとって・・・いや、俺にとっても、コレはギターじゃないのかもしれない。でも、コレを買った人全部が、いいかげんな気持ちで買ったのかな?もしかしたら、コレをとても大事にしてた人もいるんじゃないか?」

健一は、ハッと顔を上げた。

「そうだろ?もしかしたら、ほんとにお小遣いがなくて、しょうがなくてコレを買った人もいるかもしれない。その人にとっては、これも宝物じゃないのかな?君や俺が大事にしてるギターと、同じように思ってた人もいるんじゃないか?」

健一の目からは、涙が溢れていた。

「お店をやめるのは、けしてコレのせいじゃない。そういう時代になったんだ。たまたま世間の波が、押し寄せてきたんだ。この壊れたギターの持ち主がみんなお店でギターを買ってくれたとしても、きっとダメだったと思う。」

「店長・・・」

「君の気持ちは、嬉しい。今日ほど、楽器屋をやっててよかったと思ったことはない。でも、君のやったことは、悪いことだ。それは判るね?」

健一はうなづいた。

「一緒に警察に行こう。ご両親にも、俺が一緒にあやまりに行く。君がなんといってくれようが、それが俺のケジメだ。さあ、立って・・・」

健一を抱きかかえるように、店長は立ち上がった。

「不遠田さん・・・」

俺はうなづいた。

 

 

店長と健一を乗せた俺の車が、夜の埠頭を駆け抜けた。そして、馬車道の星楽器の前で止まった。

「店長?!」

健一の問いかけに答えず、店長は車を降りた。店のシャッターは閉まっていたが、横のスタジオに上がる細い階段の灯りはついていた。そしてそこからは、ざわついた人の声が聞こえる。店長のあとに続いて、俺と健一は階段を上った。明るいスタジオのミーティングルームには、たくさんの少年少女がいた。部屋の一番後ろでは、笙子がニコニコ笑っていた。ここに集められたのは、今回ギターを盗まれたコ達である。そしてその手配を請け負ってくれたのが笙子である。

「みんなー、聞いてくれーー!!」

店長の声に、ざわついた騒音が止まった。

「みんなに集まって貰ったのは他でもない、今回ギターの盗難にあった人に来てもらっているんだ。それでなんだが・・・とりあえず・・・犯人はわかった。」

「え〜っ、誰なんだよ?」

「どこのどいつだよ?」

いっせいに子供達は声を上げた。

「それでなんだが・・・とりあえず犯人は自首すると言ってるので、ここで名前の公表は避ける。ただその犯人は、みんなに謝るとともに、みんなに返すギターを用意したんだ。」

「なっ?」

健一は声が出なかった。

「みんなも知ってるように、みんなのギターは壊されてしまっている。それで、同じモノではないが、できるだけみんなが持っていたギターと同じようなものを用意した。」

ふたたび、部屋の中がザワついた。

「犯人は、間違いなく自首する。それは俺が責任を持つ。そして今回のことは、十分反省してる。そのカタチの表れとして、とりあえずみんなには、ギターを返すことにした。」

「犯人の動機はなんだったんですかあ?」

一人の少年が声を上げた。

「う〜〜〜ん、それも犯人が自首すれば、追々みんなにもわかると思う。今はコレっては即答できない、複雑な理由ってことで納得してくれないか?」

子供達は顔を見合わせながら、ざわついていた。

「俺が責任を持って、自首させる。ちゃんと親御さんにも伝える。ただその前に、みんなにギターを返しておきたい、それだけなんだ。とりあえず、それで納得して貰えないか?」

犯人という言葉に顔を曇らせていた子供達だが、ギターを返すとなると、一応笑顔にはなっている。

「詳しいことは、みんなにも追々わかるはずだ。どんな理由があろうとも、悪いことは悪いことだ。それは、十分犯人も反省してる。それでわかってもらえるなら、ギターを返したいんだが、いいかな?」

部屋の一番後ろで、健一の手足は震えていた。何か声をかけたら・・・きっと泣き出してしまうだろう。

「わかりました〜」

何人かから、声が上がった。

「じゃあみんな、順番にギターを受け取ってくれ。名前を言って、ギターの色を確認して欲しい。出来るだけ同じようなものにしたんだが、メーカーが違うので、少し色が違うかも知れないが、そこは俺の顔に免じて・・・なっ。」

やっとみんな顔に、笑顔が戻ってきた。

「じゃあ・・・高橋君!。君のはホワイトのラージ・ヘッドで・・・」

店長の手から、次々と子供達にギターが手渡された。それは廉価版のギターではなく、メーカーとしてはあまりメジャーではないが、かなりちゃんとしたギターだった。彼らが盗まれたギターと比べたら、定価ベースで5〜6倍の値段のものだ。

「リコちゃん!リコちゃんは・・・キャンディ・アップル・レッドだったよね・・・」

ギターを渡されたコ達の顔は、笑顔であふれていた。みんな満面の笑みを浮かべて、手渡されたギターを眺めている。それは先日、真相を知ってしまった店長が、店の在庫と足りないものをメーカーに無理に持ってこさせ、連日徹夜でセット・アップした19台だ。どのギターにも新品の弦が張られ今すぐ弾けるよう、店長が用意したものだ。

「じゃあみんな、夜も遅いので、そっちでケースを貰って今日は解散してくれ。そしてこれは俺からのお願いなんだが・・・もし犯人のことがわかっても、イジメたりしないで欲しい。いや、みんなにはそれぞれに謝らなくちゃいけないんだが、悪いことをしたという自覚は、ちゃんとある。そしてその理由のなかには、みんなと同じ、ギターが好きだからということも含まれているんだ。だから・・・なかったことにしてくれとは言わないが・・・」

店長の目が、真っ赤に充血していた。それを、誰しもが見ていた。言葉に詰まった店長に、

「わかりました〜!!」

と一人の女の子が、笑顔で答えた、みんなそれに釣られるように、笑顔で答えた。

「みんな・・・ありがとう・・・。」

健一は、泣いていた。ボロボロ泣いていた。涙が止まらない、こんなことを経験するのは、人生で2度3度あることじゃない。俺は、健一の方をポンポンと叩いた。

 

 

子供達が帰った部屋に、俺と店長、健一と笙子が残った。

「じゃあ、不遠田さん、私はこれで・・・」

「ああ、笙子ちゃん、ありがとう。すごい助かったよ。」

「お礼はいつものところで、ってことで・・・明日ね!」

100万ドルの笑顔で、笙子は手を振りながら、階段を下りていった。

  
  
「店長・・・」

健一は涙でクシャクシャになった顔で、店長の前に立っていた。

「見たかい?健一クン、みんなの笑顔を。君はあやうくあれを、みんなから奪うところだったんだ。君がこの店のことを思ってくれたことは、とてもありがたいし、感謝している。でも・・・やり方は・・・間違っていたよな。」

「ボクが・・・ボクが・・・弁償します・・・。」

「そんなことは、考えなくていい。もう店を閉めるので、在庫のものは全部支払いが済んでるものだし、足りなかったヤツも、ワケをはなしたらメーカーが喜んで提供してくれたよ。メーカーのヤツも、君の思いに、涙を流してたよ。ギターにそんなに熱い思いを抱いてるコが未だにいるんだってね。これは・・・俺がこの街にしてやれる最後のご奉仕、ってヤツかな。この街のコには、みんなウチのギターを持ってて欲しいしね。」

「店長・・・」

健一は泣きながら。じっと店長を見つめていた。

「さあ、元気を出して!。君はこれからすることがいっぱいあるんだ。とりあえず、俺が一緒に行って、親御さんには説明する。そして、自首するときは、一人で行くんだ。罪は罪として、償わなければいけない。それはわかるね?」

健一はうなづいた。

「だいじょうぶ、君は一人じゃないんだ。おとうさんもおかあさんも、俺も、みんな付いてる。最後まで、がんばれるね?」

健一は、大きくうなづいた。

「不遠田さん、こんな解決方法しか俺には浮かばないけど・・・いいよね、俺は俺のやり方でも・・・?」

俺は店長の肩を、ポンと叩いた。

「いつだって・・・俺流。それが・・・星楽器の方針でしょ?」

俺は店長に笑顔で答えた。

俺は2人を健一の家に送り届けた。今、店長が親御さんと話してるハズだ。俺は車の中で、タバコに火を付け、携帯のボタンを押した。

「ああ、女史?不遠田だけど・・・。すべては・・・、解決したよ。明日の朝一に女史のところに行くよう伝えてある。あとは・・・よろしくたのむ。」


・・・今回は・・・真奈美・小百合・笙子・女史・・・何回、ご奉仕すればいいことやら・・・

 

  
 

7月31日 日曜日

閉店セール最後の日。そしてそれは、「星楽器 最後の日」。

その日のお店は・・・まるでお祭りのようであった。店から人があふれ出て、通りのガードレールに座って話してるヤツもいた。それはもう宴会か同窓会。店内ももちろん人で溢れている。そこにいるのは、懐かしい顔ばかりだ。俺の先輩も、後輩もいる。近所の町内会の人達も・・・みんなビール片手にご機嫌だ。散々店長に泣かされたメーカーのヤツもいる。彼は今では、メーカーの重役らしい。今回ギターを提供してくれたのも彼だ。涙でクシャクシャな顔をしながら、笑顔でビールを煽っている。街の中学生、高校生、大学生。そしてこの店に出入りしていた、もはや中年の連中もみんな集まっている。あとからあとからビールを持って、また酒を持って遊びに来る人。最後の記念に、何かを買おうとする人。店長と記念写真をとる人。子供から大人までみんな、話に花が咲いている。店の昔話をする人、最初にギターを買いに来た時の話をする人。ここにあつまったすべての人が、この星楽器の歴史なのだ。店長は笑顔で、みんなにビール攻めにあっている。もう商売にはならないが、歴代の店員さんもいるので、大丈夫だ。もうほとんど、店には売るものはなくなっている。みんなが来て、全部買っていったのだろう。余った包装袋を、記念に持って帰る人もいる。そしてその店の灯りは、閉店時間が過ぎても、消えることはなかった。夜遅くまで、みんなの「最後の祭り」は続いた。みんなの大きな笑い声とともに・・・。

 

 

8月1日 月曜日

昼過ぎに起きた俺は、元町で笙子ちゃんと待ち合わせていた。今日もいつもと同じ、イタリアンレストランでピザを食べ、ベーカーリーで3色アイスを食べ、七曜舎でお茶を飲む。このデートが、笙子ちゃんへのギャラだ。今日はお昼を食べていないということで、ピザとスパゲティ、3色アイスを2人前。やっと満腹したらしく、今は俺の前の席、七曜舎で満足そうに紅茶を飲んでいる。街の商店街の人達は、俺のことも笙子ちゃんのことも知っている・・・が、2人のデートの時だけは、知らん顔をしてくれる。邪魔をすると、笙子ちゃんのおヘソが曲がって・・・ちょっと怖い。ちなみに・・・俺が笙子ちゃんのおヘソを知っているのは、水着姿を見たことがあるからだ。それ以上のことは・・・なにも無い。陳さんを敵に回すほど、俺は命知らずじゃない。しかも・・・笙子ちゃんの相手ができるほど、タフでもない。

俺は笙子ちゃんと別れると、馬車道に向かった。それは・・・なんとなくである。ただ・・・なんとなく・・・歩いていると、星楽器のシャッターが少しだけ開いていた。

「店長?!」

俺はシャッターを少し持ち上げ、中を覗きこんだ。

「あっ、不遠田さん。」

店長は一人で、店の後片付けをしていた。

「どうしたの?。そうそう、どうして昨日来てくれなかったの?みんな、会いたがってたのに。」

「いや、ほら、俺の顔を見ると、店長もヤなことを思い出しそうだし・・・あんまり、人が多かったんで、つい・・・。」

「そっか、近くまでは来ていたんだ。気を使わせてごめん。でも、全然そんなことはなかったのに・・・」

俺はガランとなった店内を見渡した。もう棚やショーケースがいくつかあるだけで、商品は何もない。昨日の宴会の残りの空き缶が、2〜3コあるだけである。

「こんなに・・・広かったんですね・・・」

「やっぱりそう思う? 俺もそう思ってたんだ。俺がこの店を始める時、何もなかったこの小さい店に来て、それでもここはすごく広く見えたんだ、あの時。ここにギターを置いて、あれをここに置いて、ギターは何本ぐらい置けるかなって・・・夢のような広さで。実際にはモノを置き始めたら、あっというまにいっぱいになっちゃったけど、それでもここは、俺の夢のステージだったから。」

「夢のステージ」−まさしく、そうであろう。俺たちがプロを目指して夢見たステージは、店長にとってまさしく、ココだったのだ。何もなくなってしまったスペースの中を、いろいろな2人の思いが駆け巡っていた。

「俺も、掃除、手伝いますよ!」

そういって雑巾を手にした俺に、店長は何も言わなかった。店長もなにも言わず、掃除をはじめた。ケースの後ろには、ホコリがたまっていた。これもこの店の歴史だ。いっぱいに積もった埃もオールドなら、俺たちもオールドになったもんだ。改めてこの店に、誇りを感じた。2人は何もしゃべらず、黙々と掃除を続けた。

「チーーースッ! 掃除、手伝いにきましたー。」

バケツや雑巾をぶら下げて、5人の高校生が入ってきた。

「きみたち・・・」

驚いてる店長を尻目に、

「俺達は、2階を掃除しまーす。まだあとからきますんで、指示をお願いしまーす。」

そういって5人は笑いながらけたたましい足音をたてて、2階に上がっていった。まるでいつもと同じように、スタジオに人が来てくれたみたいなカンジだ。俺は店長のほうを振り返り、ニッコリ笑った。

・・・これがあなたの人徳ですよ、店長・・・

間をおかず、数人の高校生がやってきて、掃除を手伝い始めた。ちょうど通りかかった女の子達も、

「私達も手伝います!」

そういって、掃除を始めた。床を拭く人、ガラスを拭く人、壁を拭く人。どんどん掃除の人数は増えていった。まだ明るいと思っていたが、とっくに夕方になっている。帰り足のサラリーマンまで、

「どれ、いっちょ、手伝いますか?」

笑いながらネクタイで鉢巻して、掃除を始める始末だ。いったい何人の人が、ここにいるんだろ。1階のお店、2階のスタジオ、3階の倉庫。溢れんばかりの人が掃除をしていた。

「おっ、やってるね。 店長! これ、飲んでよ!」

そういいながら商店街のオヤジさんが、大量のジュースを持ってきた。

「おーい、みんな、ちょっと、休憩、休憩! 今アイス配るから、コレ喰ってからやって!」

次々と差し入れがやってきた。一通り掃除が終わると、みんなは座り込んで話をはじめた。老若男女、まったく関係ない。掃除しながら隣り合ったもの同士、音楽の話、バンドの話。ピカピカになった床の上に座りこんで、思い思いに話し込んでいる。もう店は、どこもかしこもピカピカだ。雑巾やバケツを横に置いて、みんな音楽の話をしている。ほうきでエアー・ギターまで始まった。いったいどれほどの人に愛されてきた店なんだろう。どれほど街に溶け込んできた店なんだろう。誰も彼もが、ここにいることを、自然だと考えているのだ。いつものように楽器屋に遊びにきただけ。そんな感じである。その時である。近所のカメラ屋のにいチャンがやってきて、みんなに声をかけた。

「おーーい!! みんなで記念写真撮るぞーー!みんな、集まれーー!」

2階から、3階から、ゾロゾロ人が降りてきた。みんな、ニコニコ笑っている。30人以上は、いそうだ。

「ありゃー、ずいぶん多いなあ〜。さすが星さんの人柄だね。よし、まず、無理にでもみんなで一緒に撮るぞお〜。みんな店の前に集合!!」

みんな、折り重なるように店の前に集合した。もう押し合いへし合いである。

「みんないるか〜?あとは、バラバラに撮ってあげるから、とりあえず集合写真、1発撮りま〜す。セーーノ、ハイっ!」

「バターーーー!!!!」

そこにいる全員が大声で笑った。この店独自の、コテコテのギャグである。中学生から中年まで、全員揃って、同じ掛け声である。この店に来ていれば、誰もが知っている、そう、合言葉みたいなものだ。笑い声と共にみんなの垣根が崩れ、追い重なるように笑いがあがった。それをパチパチとカメラは撮りまくった。

「は〜い、第2段行きまーす。人数が多すぎるから、10人ぐらいずつね。星店長は、真ん中で座っとって下さい。連続で行きますから。」

椅子に座った店長を中心に、次々と人が入れ替わり、写真に納まった。

「もう、撮ってない人、いないー? コレで、最後やからねー。」

その・・・「最後」の言葉に、みんなが反応してしまった。泣き出す人もいる。店長と硬い握手をする人もいる。携帯で店の看板の写真を撮ってる人もいる。
そうか・・・これが最後なんだ。そう思った俺の口は、もう止まらなかった。

  
  
「よーし、みんな、集まってくれ。これから表彰式に移るゾー!!」

俺は店に1枚だけ落ちていた、弦のパッケージの紙を広げた。

「店長、こっち、こっち!」

不思議そうな顔をしているみんなを店の中に入れ、俺と店長は店の前の通りで向き合った。

「感謝状!!」

俺の声で、みんなの歓声があがった。俺が何をしようとしているのか、理解してくれたらしい。

「感謝状!!星店長殿!!。あなたは長年に渡り、この馬車道において、横浜人の音楽向上のため尽力し、私を含め、多くの若者を悪の道に引きずり込みました。よってその栄誉を称え、ココに賞すると共に、最高の・・・最大の感謝を送ります。平成××年8月1日、あなたの弟子達より、星店長様!ありがとうございました!!」

「ありがとうございましたーー!」

俺の声にあわせるように、その場にいた全員から、店長にありがとう言葉が飛んだ。みんな涙でグシャグシャの顔をしている。それを見て、店長は言った。

「よし、それじゃーー、オレからもみんなに送るぞーー!」

店長はオレから受け取った弦のパッケージを広げ、店内にいるみんなに向かって大声で叫んだ。

「卒業証書!!街の悪ガキ一同のみなさんへ!!」

みんな、店長を見ていた。

「皆さんはこの約30年間、楽器を買うことを口実にこの店に入りびたり、楽しく・・・、まさに楽しく、営業妨害をしてくれました。そのおかげで、こうして明るく楽しく、閉店させていただくことに、あい成りました。この不況の中、この店がここまでやってこれたのは、ひとえにここにいる悪ガキのみなさん、そしてちょっと古くなった悪ガキのみなさんのおかげです。ありがとうの言葉を沿えて、星楽器のすべて課程を修了したことを証します。平成××年8月1日、星楽器より・・・ありがとうございました!!」

 

店長は、深々とみんなに頭を下げた。頭を下げたまま、動かない。もうだれもが泣いていた。これで・・・これで・・・すべては終わり。俺達は星楽器から卒業したのである。星楽器から卒業証書を貰ってしまったのだ。みんな泣いていた。泣きながら、店長と握手を交わし、帰り道についた。きっとみんな、今日のことを忘れることはないだろう。

 

 

みんなをひとりずつ送り出し、また俺と店長だけが、最後に店に残った。そこはチリひとつ落ちてない、ガランとした空間だった。もうドコにも、楽器屋だった面影はない。しばらくして、店長が静かに口を開いた。

「健一クンの・・・ご両親が昨日来たんだ。ギターの代金だといって、お金を持ってね。もちろん、丁寧にお断りしたよ。あれは、俺の一存でやったことだから。それでも御両親がどうしてもと引かないので、代わりに・・・最後に残した・・・あの健一クンに売りたかったストラトの代金だけ頂いて、あのギターをお渡したんだ。良いご両親だったね。ギターのことを悪く言わないし、健一クンをとても愛してるようだった。そういえば、健一クン、大丈夫だったんだってね。だいぶ、不遠田さんが後ろから手を回してくれたようで。御両親共々、とても感謝しています。あれから1軒ずつ、ご両親と一緒に、謝りにいったそうです。最後の最後、ちょっとたいへんだったケド・・・不遠田さんのおかげで、思い出深い、最高の幕切れになったよ。」

「いや、俺のせいじゃないんです。警察は警察ですから。ただ、届けを出した人が、ギターが戻ったからと、訴えを取り下げてくれたんだそうです。なので厳重注意、不起訴ということでウチの女史が・・・あ、いや、仲間の警部補なんですが、走り回ってくれたようです。署長も俺が噛んだことだからと、目をつぶってくれました。健一クン、方法は間違ってましたが・・・いいですよね、あんなふうに真っ直ぐになれるなんて。」

「ええ、カタチはどうあれ、ギターを、この店を愛してくれた末のことだから。なんか、ドタバタしたおかげで、みんなの前で泣かなくて済んでよかったよ。一旦涙が出たら、さすがに俺でも止まらなさそうだったから。」

「そうですよね。誰よりも、誰よりも、この店を愛していたのは、店長。あなたですからね・・・。これから、どうするんですか?」

「とりあえず田舎に引っ込んで、家業の店の手伝いでもするさ。それで落ち着いたら、田舎でリペアー・ショップでも開こうかなと思って。いつになるかは、わからないけどね。」

「それはいいですね。店長のリペアー・ショップかあ〜。ギターにうるさそうな店になりそうだなあ〜。」

2人は笑った。

「じゃあ、店が出来た時には、俺が客第1号になります。店長の思う最高のストラトを、俺に作って下さい。」

「いつになるか、わからんよ。」

「ええ、いつまででも待ちますから。料金は・・・勉強して下さいね。そこだけは、今までと同じということで。」

2人は大声を上げて笑った。

「じゃあ、閉めますか・・・・」

そういって、店長はスーッと手をスイッチに伸ばした。そして、笑った。

「どうしたんですか?」

「いや・・・自分がおかしくてね。もうこのスイッチを切るのが、長年の習慣になってて。いままで何百回何千回と、これを繰り返してきたんだ。そして今、この期におよんでも、なにげなく手が自然に伸びるんだ。今の今まで手垢にまみれていたこのスイッチが、今はみんなのおかげでピカピカになって。ここに一番最初に来た時も、こんな風だったんだと思うと・・・」

パチッと電気は消された。シャッターを閉めている店内は、真っ暗になった。それは、どのぐらいの時間なのかは、わからなかった。1分なのか、5分なのか、10分なのか。最後に真っ暗になったこの部屋で・・・店長は・・・きっと・・・泣いていたと思う。俺には掛ける言葉が無かった。

「さっ、それじゃ行きましょうか?」

その店長の言葉と共に、シャッターが開いた。暑い夏の夜空に、満月が微笑んでいる。そしてそこには、いつもと変わらない街の風景があった。

「これで・・・ホントに終わりです。」

店長はシャッターをゆっくり降ろし、鍵をかけた。

「明日、この鍵を渡せば、すべては終わり。この街とも、さよならだ。短かったような、長かったような・・・。不遠田さん、大変お世話になりました。最後に君がいてくれて、ホントに助かった。あらためて、ありがとう。」

「それは俺も同じ思いです。あなたに会えてホントによかった。今まで、ほんとに、ほんとに、ありがとうございました。」

店長は俺に握手を求めてきた。その差し出された無骨な手は・・・

それは、とても見慣れた手だった。ギターを修理してもらってる時、ギターを教えて貰っている時、俺はずっとずっとその手を見つめていた。ギターが壊れて不安になった時も、ギターに行き詰ってダメになりそうになった時も、俺を支えてくれた手だった。その手が、いつもそばにいてくれた。俺は、両手でその手を握り締めた。

 

 

・・・ありがとうございました・・・

 

 

 

その数年後、何通かの暑中見舞いと共に、一通の手紙が舞い込んだ。それは、「星リペアー・ショップ 開店のお知らせ」だった。そこには「ぜひ、一度お越し下さい。」となぐり書きされた見慣れた懐かしい文字と共に、一枚のストラトキャスターの写真が同封されていた。
 
 
・・・さて、金を用意して、出かけますか・・・
 
 
俺はニヤニヤしながら、その写真を壁に貼り付けた。
  

 

 

この物語はフィクションです。実際の事象・人物・団体名・事件・地名・建築物その他の固有名詞や現象などとは一切関係がございません。何かに似ていたとしても、それはたまたま偶然です。他人のそら似、自分のつくだ煮です。
ストラトキャスターは、フェンダー社の米国並びに他の国における商標または登録商標です。

あくまでもフィクションではありますが・・・私の「星楽器」に、感謝したします。ありがとうございました。

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