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ギター殺人事件三部作 完結編 |
ストラトキャスター バラバラ殺人事件 |
俺の名前は、不遠田レオ(ふえんだれお)。ここ横浜で、探偵をしている。なんで探偵なのか、と言われても答えようがない。なぜ横浜なのかと言えば、生まれ育った街だからだ。それ以外、たいした理由はない。横浜に住んでいると、横浜人としてのプライドが生まれる。様々な文化の発祥の地だ。「クリーニング発祥の地」であることは有名だ。そして「横浜市歌」を歌えるのも、横浜人としてのプライドだ。酔っ払って「市歌」を歌う人種など、他では出会ったことがない。しいて言えば、アメリカ人気質に似ている。地元に対する執着心が強いのだ。新しい「市旗」も気に入っている。
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「ねえ〜、ちょっと、レオったら・・・。 ちゃんと、聞いてる?」
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「こんにちはーー!」
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「盗難届って、出てるの?」
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昼にやっと起きた俺は、中華街に向かって歩いていた。車で行けばほんのスグだが、横浜の街は歩くに限る。街の匂いと海の匂いが同居している街だ。そして大きくハデな中華街の門をくぐると、また別なエネルギーが押し寄せてくる。中華街は、とにかくエネルギーに溢れた街だ。日本中のドコとも違う活気がある。建物もいちいち色鮮やか。大きい店も小さな店も百花繚乱。俺はそんな中華街が大好きだ。ここも「横浜」なのだと、胸をはって言える。 俺が笙子ちゃんに頼んだのは、彼女のネットワークで、ギターを盗まれたコの情報を集めて欲しいというものだ。彼女の父である陳さんの華僑のネットワークは、ホンモノ。その情報は世界を駆け巡るものである。俗に言う・・・裏社会の情報網だ。そして娘の笙子ちゃん、さすがに蛙のコは蛙である。彼女の持つ中・高校生のネットワークは、スゴイ。ある意味、陳さんのネットワークですら入り込めないようなところまで、笙子ちゃんのアンテナが張られている。およそ横浜の「学校」で、彼女のネットワークを潜り抜けることなど不可能なぐらいに広がっている。それは、いわゆる「スケ番」などとは、まったく異なったものだ。元はと言えば、若い華僑のコの友達同士の情報交換であったものが、今では一大ネットワークが出来上がっている。さすが陳さんの娘としか言いようが無い。そして彼女はあくまでも情報局でしかなく、自分たちは何に対しても、直接手を下すことはない。彼女の友達の集めてくれた情報は、全部で18件。これがすべてなはずである。大人も警察も入り込めない子供の世界は、子供に調べてもらうのが一番だ。そして今までに発見されているのが7台。あと11台が眠っているわけだ。俺は彼らが持ってきてくれた情報をPCに打ち込み、メールにして送った。その時、俺の携帯にメールが入った。
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B2埠頭までいくと、笙子ら数人が固まっているのが見えた。そしてその中に、オドオドしたカップルがいた。
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「ストラトキャスター・バラバラ殺人事件か・・・。面白い!実に面白い!」 後藤は女史の前にコーヒーを置いた。
「でも、警察の倍も知ってるって、どういうこと?おまけに、まだ発見されてない現場まで知ってるなんて!」
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その日の午前中には、笙子ちゃんからのレポートが届いた。今日ライブハウスに出演するバンドのメンバー表と、顔写真である。これを見ても、プロファイルに該当するヤツはいない。店が開いてリハーサルが始まるのが午後2時。本番は6時から。女史曰く、その2時から8時までの間が、犯行時間になるというのだ。店の前の駐車場に車を止め、俺はジッと楽屋の出入り口を見ていた。1時50分には最初のバンドのメンバーが到着し、2時にオーナーが店を開けた。慣れない人は知らないだろうが、わかってる人間にとって楽屋は、意外と出入りが自由である。当然、彼女を連れてくるバンドもいるし、友達がローディーをやってくれているバンドもいる。5つバンドがでると、なんだかんだで4〜50人の人の出入りがある。俺とは違う場所には、刑事が2人、張り込んでいる。彼らに期待はしてないが・・・俺に見落としがあった時の、まあ保険になってくれればいい。2時を回ると、ゾロゾロとバンドが集まってきた。
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俺の事務所の前には、男の影があった。そこにいたのは、星店長だった。
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夕暮れの外人墓地は、寂しい。ただ日本人のお墓と違って、怖さがない。十字架が立ち並び、小さな石室になっているものもある。そこから、コソコソ出てくる人影があった。肩には、ギターをぶら下げている。破れた金網を潜り抜けると、その影はスクーターに乗った。港の見える丘公園からずっと坂道を下り、スクーターは埠頭へと向かっていた。スクーターを尾行している車があることには、まったく気付いていないようだ。埠頭の倉庫地帯に入ると、スクーターはライトを消して走った。倉庫の一番奥まったところで、影はスクーターから降り、倉庫の中に入っていった。
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店長と健一を乗せた俺の車が、夜の埠頭を駆け抜けた。そして、馬車道の星楽器の前で止まった。
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子供達が帰った部屋に、俺と店長、健一と笙子が残った。
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7月31日 日曜日 その日のお店は・・・まるでお祭りのようであった。店から人があふれ出て、通りのガードレールに座って話してるヤツもいた。それはもう宴会か同窓会。店内ももちろん人で溢れている。そこにいるのは、懐かしい顔ばかりだ。俺の先輩も、後輩もいる。近所の町内会の人達も・・・みんなビール片手にご機嫌だ。散々店長に泣かされたメーカーのヤツもいる。彼は今では、メーカーの重役らしい。今回ギターを提供してくれたのも彼だ。涙でクシャクシャな顔をしながら、笑顔でビールを煽っている。街の中学生、高校生、大学生。そしてこの店に出入りしていた、もはや中年の連中もみんな集まっている。あとからあとからビールを持って、また酒を持って遊びに来る人。最後の記念に、何かを買おうとする人。店長と記念写真をとる人。子供から大人までみんな、話に花が咲いている。店の昔話をする人、最初にギターを買いに来た時の話をする人。ここにあつまったすべての人が、この星楽器の歴史なのだ。店長は笑顔で、みんなにビール攻めにあっている。もう商売にはならないが、歴代の店員さんもいるので、大丈夫だ。もうほとんど、店には売るものはなくなっている。みんなが来て、全部買っていったのだろう。余った包装袋を、記念に持って帰る人もいる。そしてその店の灯りは、閉店時間が過ぎても、消えることはなかった。夜遅くまで、みんなの「最後の祭り」は続いた。みんなの大きな笑い声とともに・・・。
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8月1日 月曜日
店長は、深々とみんなに頭を下げた。頭を下げたまま、動かない。もうだれもが泣いていた。これで・・・これで・・・すべては終わり。俺達は星楽器から卒業したのである。星楽器から卒業証書を貰ってしまったのだ。みんな泣いていた。泣きながら、店長と握手を交わし、帰り道についた。きっとみんな、今日のことを忘れることはないだろう。
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みんなをひとりずつ送り出し、また俺と店長だけが、最後に店に残った。そこはチリひとつ落ちてない、ガランとした空間だった。もうドコにも、楽器屋だった面影はない。しばらくして、店長が静かに口を開いた。
・・・ありがとうございました・・・
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その数年後、何通かの暑中見舞いと共に、一通の手紙が舞い込んだ。それは、「星リペアー・ショップ 開店のお知らせ」だった。そこには「ぜひ、一度お越し下さい。」となぐり書きされた見慣れた懐かしい文字と共に、一枚のストラトキャスターの写真が同封されていた。
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この物語はフィクションです。実際の事象・人物・団体名・事件・地名・建築物その他の固有名詞や現象などとは一切関係がございません。何かに似ていたとしても、それはたまたま偶然です。他人のそら似、自分のつくだ煮です。 あくまでもフィクションではありますが・・・私の「星楽器」に、感謝したします。ありがとうございました。 |